今日のお務めと農作業を終えてしまって、千代は千臣に村の案内を買って出た。千臣の傷は大分癒えてきたが、まだ旅に出るには傷は治りきっていない。多分もう少し治癒には掛かるだろうし、その為にここに留まるのなら、村のことも知っていた方が良いだろうと思ったのだ。

それは助かる、と言って、千臣は自分で作った杖を突きながらゆっくりと千代の後を追って歩いてきた。千代も千臣を気遣ってゆっくりと歩いた。二人は社務所からすぐ裏の泉の脇の桜の大木まで来ると、千代は北の方角の山の向こうを指差した。この泉から村はずれの山が良く見えるのだ。

「あの山の向こう側に千臣さんの通って来た今の街道がありますね。千臣さんはあの山を夜に越えてこの郷にいらっしゃった」

千臣がここへ来た道筋をなぞるように、千代は指を山から村の中心を沿ってこの神社まで指し示して見せた。泉の脇には立ち枯れた桜の大木がどしんとそこに根付いていて、枝ぶりは見事だが、皐月の今、葉の一枚も茂らせていないのは、奇妙なものだった。

「そして、この、泉の脇にある桜の大木が渇きの大桜と言って、伝説では雨の季節に花を咲かせたことがあるという桜です。その時期にこの桜が咲くと、郷には梅雨は空梅雨になり、夏に干ばつが来ると言われています」

千代が説明すると、千臣は桜を見上げて笑った。

「この木は生きているのか? 生きているとしても、桜なのだったら花は春にしか咲かないだろう?」

まったくもって同意の言葉に、千代も微笑んだ。

「ずっと、この場所で立ち枯れたこの状態のままなのです。春は勿論、梅雨にも夏にも、花はおろか、葉っぱも茂ったところを見たことがありません」

「では、この木は寿命を迎えたのではないか?」

「そうかもしれません。それでもこの郷は雨が少ない村なんで、昔語りのようにみんなで桜の機嫌を窺っとるんです」

千代の表現に、千臣はふは、と笑った。切れ長の目が月のように細められて、やわらかな曲線を描く。やさし気な表情に千代が見惚れると、千臣がどうした、と問うてきた。

「千臣さんは、水凪様と同じくらい色男やなと思て」

隻眼であることを差し引いても、千臣の容姿は整っていた。目鼻立ちは言うに及ばず、鍛えられた体躯も、艶やかな長い髪も。そしてやさしい外見の水凪に比べて、一見冷ややかに見えそうなその外見を、微笑んだ目元と甘い声が裏切っている。この人に甘い言葉を吐かれたら、璃子を始め、村の娘は簡単に悩殺されるだろうなと思うのだ。千代の言葉に千臣が笑った。