朝、水凪の周りは歓喜する郷の人でにぎわっていた。

「水凪様! しおれていた若葉に勢いがつきました!」

「うちの畑でも葉が急にしゃんとして!」

「畑を掘り返したら、水が染み出てきたんです! 水凪様のお力ですか!?」

今まで郷で水を得ようと思ったら、郷の西に流れる細い川から水をくみ上げてこなければならなかった。しかもその川は、郷の土地から斜面を降りて行かないと水が流れていない。崖、と言う程ではないが、平坦でもないので、水を得るにはずっと苦労してきたのだ。それが水凪の来村で地下に水が染み出るようになるとは! 千代は嬉しくて水凪に千臣の案を問うてみた。

「水凪様。水凪様のお力で、この郷に水路を築いて頂けませんか? みんなで頑張って土を掘りますから、水凪様のたぐいまれなるそのお力で、水を上げて欲しいんです」

斜面を逆流して高台の郷に水が引ければ、これから先、水で憂うことがなくなる。千代の言葉に郷の人はそれはいい案だと湧いたが、水凪は難しい顔をした。

「確かに俺は神だが、何でもかんでも願いを叶えるというわけではないぞ。今、畑に水を渡したばかりだ。次の願いも厳選せよ」

千代の願いを退けた水凪に、郷の人たちが一斉に懇願する。

「水凪様!」

「そこを何とか!」

「水路が拓ければ、俺たちは永久に飢えに苦しまなくて済むんです!」

わあわあと周りを取り囲む郷の人に、水凪も頭が痛い様子だ。千代、と視線を寄越されて、はい、と居住まいを正す。

「水路の話は、お前が考え付いたのか」

「あ、いえ。旅人の千臣さんが、そうやって神様のお力をお借りしてはどうかと……」

千代がそう言うと、水凪はちっと舌を鳴らして神社の離れに入っていく。慌てて千代も後を追うと、水凪が千臣に事の次第を正していた。

「お前、よそ者のくせに郷のあれこれに口を挟むな。俺は俺のやり方でこの地を統べる。水を郷に巡らせる方法も、ちゃんと考えている」

若干怒り気味な水凪に対して、神さまが怒っているというのに千臣は平静なものだった。郷の外の人だからだろうか。

「では、水路は出来ないと?」

「出来ぬとは言っておらん! 今はまだ時期ではないだけだ!」

「しかし、既に畑の種は芽を出し、もう少しすれば田植えも始まる。田植えが始まる前に水路が出来ていた方が良いかと考えたんだが……」

確かに田植えの時には大量の水を使う。それを斜面の下の川からくみ上げて持ってくるのは重労働だった。それがなくなるのであれば、絶対この郷の利だと、千代も思うのに。

水凪は暫く千臣とにらみ合っていた。しかし、やがて、はあー、と大きなため息をつき、仕方ない、と零した。