「では、今が治水の好機ではないだろうか。龍神の力で水を操り、村に水路を拓けば」

「そ、そんなこと、出来るんですか……?」

千臣の言葉に千代は驚いた。そもそも千代は龍神様が水を司る神さまであること以外、何も知らない。前のめりになって訊ねると、千臣がそれに応えようとした時に傷に触ったのかうめき声を上げた。

「あっ、ご無理させてしまったでしょうか。すみません。お休みになられますか?」

千代の問いに千臣は肩で息をしながら頷いた。そうとう痛かったらしい。

「治水の件は、足が治れば俺も助力したい。こんなに親切にしてもらった礼がしたいから、頭数として考えてくれていい」

体を横たえながら、千臣が言った。しかし郷の人でない千臣を郷の治水工事に駆り出してもいいものなのだろうか。それに旅の目的だって、果たさなければならないだろうに。

「いや、あてどない旅の途中だ。世話になる分も返したいし、遠慮なく使ってくれ」

荒い息の中から言ってくれた言葉に、千臣の真摯な姿を見る。随分礼儀正しい人のようだ。千代と祖母は千臣に休むように言い、離れを後にした。母屋に帰ると、祖母が千臣の案について言及する。

「千臣殿の案はなかなかいい案やと思う。細い用水路でも良い、龍神様が郷にいらしてくださった今、治水に動くのは理に適っとる」

そうか。郷の水利に適った水の流れを作れるのなら、田畑の水やりも楽になるだろう。作物が枯れる心配もなくなる。千臣と祖母の案がとてもいいことのように聞こえた。

「ほな、水凪様に打診しますか?」

「そうやな。今年のお田植え祭に完成が間に合わずとも、湛水(たんすい)の為に水を引いてもろた方がええやろな。千代、お前がお迎えした神さまや。お前がお願いしなさい」

祖母の言葉にこくりと頷く。やさしい水凪なら、きっと郷の為に力を貸してくれるに違いない。明日朝になって、水凪が神社に現れたら頼んでみよう。郷の人たちが発案に喜んでくれる姿を想像して、その夜千代はなかなか寝付けなかった。