そうと決まれば支度をせねばならない。まずは食事。それから寝具も。千代は祖母に千臣が逗留することを伝えに行った。祖母は千代の申し出を快く受け入れてくれて、千代は早速光裳の所に野菜を分けてもらいに行った。

「おお、千代か。なんや、大食いでもしたか」

「あ、ちゃうんです。お怪我をしはった旅のお人をお泊めするので、今夜の野菜を分けてもらえたらと。明日の分からは、ちゃんとその分、働きますので」

千代の話を聞くと、光裳はええで、とにこにこして裏手にある倉庫に千代を案内した。光裳に備蓄していた人参と大根を分けてもらい、礼を言って帰る時に、千代は奥の部屋から出てきた璃子と会った。

「あら、物乞い?」

璃子は光裳に分けてもらった野菜を見てそう言った。

「あ、ちゃいます。あの、旅の人をお泊めするんで……」

「旅? 街道筋からも外れたこんな田舎に、通りかかる人がいるわけないやん? どうせ千代が空腹に任せて野菜を食べてしもうたんやろ?」

「嘘やない。なんなら……」

会うてみればええやん。

そこまで言おうとして口が動かなかった。口をつぐんだ千代を璃子が訝る。

「なに。何を隠すん。もしかして、めちゃくちゃ素敵な男の人やったりするん?」

疑心を持った璃子が千代を問い詰める。うまく切り返せなくて、更に璃子の疑心を買った。

「なによ! そんなに素敵な人なんやったらうちに泊まってもらえばええのに! 千代は独り占めしてずるいわ! 会わせなさい!」

激怒した璃子が千代と一緒に神社へ行くと言い出した。反論できない千代は璃子と一緒に神社に戻る。水凪は既に神社を後にしたのか居らず、千代は璃子を家に上げた。

「千臣さん、ええでしょうか。村の娘がご挨拶をしたいと言うてて……」

襖からうかがう千代を他所に、璃子が襖を開ける。璃子が目を瞠ったのが分かった。千臣は璃子の審美眼に適ったようだった。

「まあ、こんなに美しい方なら、こんな狭い所に居らずとも、うちにおいで下さればええですのに」

唐突な璃子の申し出にも、千臣は動じた様子はなかった。

「はは、お上手なお嬢さんだ。しかし、俺も男だ。美しい女性を前に、冷静ではいられない。分かってください」

「まあ、そんな」

璃子はおだてられて頬を染めたが、千臣が璃子に見とれた様子はなく、上手にかわすものだなあと、千代は感心して見ていた。そういえば水凪もそうだったなと思い出す。郷の女の中では璃子はかなりの器量よしなのだが、都人から見るとそうでもないのだろうか。

「千代。あんたは水凪様の嫁になるんやから、この方に色目使うんじゃないわよ。千臣さんとおっしゃるんでしたね。私に会いたくなったら、いつでも訪ねていらしてくださいね。部屋も広いお部屋を用意できますし」

千臣はそつなく、ありがとう、と返し、璃子は上機嫌で帰って行った。千代はただただぽかんと見ていただけである。その様子を千臣がくすりと笑った。