水凪が郷に来てから、村人が活気に満ち溢れている。良いことだ、と千代は思った。

今日も村人がお供えをもって神社へやってくる。神様である水凪は、人の家で寝ることが出来ないのか、夜、何処かへ消えたかと思ったら、朝、何処からともなく神社に戻ってくる。きっと郷の人ならざるものたちとの会合があったりするのだろう。水凪は毎朝の村人のお参りの時刻には神社に戻ってきていた。

「神様。今日は唐辛子と当帰葉(とうきは)を持ってまいりました」

「ほう、どれ……。ふむ、いい出来ではないか。丹精込めたのだろう」

「毎日、神様にいただいた水をやって育てとります」

にこにこと村人と話す水凪は本当にやさしい村人思いの神様だ。横柄なところがひとつもなくて、仮にどうしても此処、と言うところを挙げろと言われたら、千代は自分のことを娶ると言っていた、あのことを思い出す。

水凪が郷に来てから早いもので、七日が過ぎた。勿論璃子をはじめ、村の娘たちもお目通りが叶っているから、嫁にしたいのであれば、器量よしの璃子などが選ばれるのではないかと思う。でも、水凪は璃子たちのことなど見向きもしないで、一日中千代と一緒に居る。

「千代」

ほら、今だって。璃子たちの視線を他所に、水凪は千代を見つけて微笑む。そして手に持っていた花を千代の髪に刺すと、にこりと微笑うのだ。

「千代に似合うと思った」

桃色の、躑躅(つつじ)。ほのかに甘い蜜の香りがする。千代は自分を見つめる水凪の微笑みを見返すことが出来なくて、頬を赤らめて俯いた。

「初々しいな」

ふ、と。

水凪の指先が千代の頬に触れた。その途端、すうっと足の裏から伝わってくる、これは、きっと水の気配。

脚のすねから背骨を通って頭まで水が流れたようにひんやりとした。水凪は龍神様だから、こういうことが起こるのだろう。

水の気配を足の裏に感じて、その気配の理由を結論付けるまで、ごくわずかの間。その間も整った水凪のかんばせが正面にあって、それを再認識した時に、千代はもう一度頬を真っ赤にした。

「か……、かみさま……っ! お戯れはおやめください!」

千代は人に構われるのに慣れていない。今まで謗(そし)りの言葉に晒されたことはあったけど、心底やさしい言葉を掛けてくれたのは瀬楽だけだったから、こんな風に間合いを詰められると、どうしたらいいのか分からなくなる。
千代は水凪の手を振りほどいて駆けて神社に逃げて帰った。その様子を、水凪は面白いおもちゃを見るようにくつくつと笑って見ていた。