(……なんだろう、……何かの匂いがする)
千代はそう思ったが、何の匂いか思い出せず、口にすることは出来なかった。すると、
「光裳! 神様がおられるのに、魚の腐った匂いがするぞ! はよ片付けてこい!」
村人の叫びに、千代も、そうだ、と思い至った。これは村の澱んだ沼でよく知った匂いだった。折角神様がいらしてくださったのに、申し訳ない気がした。
「神様、今、香を焚きますので」
そう言って、千代は懐から香木を取り出した。魔除けにもなる沈香の香りだから、神様にもうってつけだと思う。しかし、水凪はそれを制した。
「……神様?」
「そこまでせずとも良い。水の匂いは、俺にとっては何でも好ましい」
なんてお心が広いんだろう。千代は頭を下げて、その場を辞すると廊下に出た。千代と入れ替わりに璃子たちも水凪の御酌をする。
「神様。璃子と申します。千代ではお仕えに不自由なこともありましょう。なんなりとお申し付けください」
「璃子か。覚えておこう」
にこりと微笑む璃子に、水凪も微笑んで返す。美しい水凪と美しい璃子はとてもお似合いに見えた。その様子を視界の端に入れて、屋外に出る。家の中ではまだまだ宴が終わらなさそうだ。
「ふう……」
家の中とは違い、外は清涼な風に満たされていた。宴に揃えたお酒の匂いの所為もあるかと思うが、あの家の空気は少し澱んでいた。深呼吸できる、この空気が美味しいと、千代は思った。
千代はそう思ったが、何の匂いか思い出せず、口にすることは出来なかった。すると、
「光裳! 神様がおられるのに、魚の腐った匂いがするぞ! はよ片付けてこい!」
村人の叫びに、千代も、そうだ、と思い至った。これは村の澱んだ沼でよく知った匂いだった。折角神様がいらしてくださったのに、申し訳ない気がした。
「神様、今、香を焚きますので」
そう言って、千代は懐から香木を取り出した。魔除けにもなる沈香の香りだから、神様にもうってつけだと思う。しかし、水凪はそれを制した。
「……神様?」
「そこまでせずとも良い。水の匂いは、俺にとっては何でも好ましい」
なんてお心が広いんだろう。千代は頭を下げて、その場を辞すると廊下に出た。千代と入れ替わりに璃子たちも水凪の御酌をする。
「神様。璃子と申します。千代ではお仕えに不自由なこともありましょう。なんなりとお申し付けください」
「璃子か。覚えておこう」
にこりと微笑む璃子に、水凪も微笑んで返す。美しい水凪と美しい璃子はとてもお似合いに見えた。その様子を視界の端に入れて、屋外に出る。家の中ではまだまだ宴が終わらなさそうだ。
「ふう……」
家の中とは違い、外は清涼な風に満たされていた。宴に揃えたお酒の匂いの所為もあるかと思うが、あの家の空気は少し澱んでいた。深呼吸できる、この空気が美味しいと、千代は思った。