午前のお務めを終えた午後、握り飯を持って千代は村の丘に生えている桜の大木に向かった。村の中央を超え、すっかり葦(よし)が蔓延(はびこ)ってしまった沼を右手に抜け、丘にたどり着く。瀬楽は既に其処に居て千代を迎えてくれた。

「千代、十八歳おめでとう!」

そう言ってバサッと桜の花びらを千代の頭の上から振りかけてくれた。

桃色の花弁だらけになった千代は瀬楽ところころと笑った。芽吹いたばかりの草原(くさはら)に寝転がり、桜の花びらを一枚ずつ数える。

「十八枚、家に持って帰ろうかな」

そう言って、なるべく汚れていない花弁をより分けた。白く透けて見える花弁に、千代は本殿で会った神さまのようなものを思い出した。

(あの霧のようなものが神さまなんやったら、私はもう直ぐこの世から居なくなるんやわ……)

人生の終わりがすぐそこに見えて、千代の顔は強張った。その様子に直ぐに瀬良が気付く。

「千代……」

なんと言ったらいいか分からない、と言った様子で気遣ってくれるのを申し訳ないと思っていると、ふと、風に水の匂いが混じった。雨が降るのかと空を仰いでも雲一つない透き通った青空だ。何処から水の匂いがするのだろうと辺りを見渡すと、丘の下から此方に向かって歩いてくる青年が居た。青年は千代のところまで来ると、やあ、と声を掛けてきた。

「君が、千代か」

知らない人に名前を呼ばれて、訝しく思いつつ、はい、と応えると、その人はにこりとやさしい微笑みを浮かべた。

「俺は水凪(みずなぎ)。君を娶(めと)りに来た」

美しい都言葉を操る彼が、微笑みを浮かべたままそう言った。彼が言った言葉を千代が把握出来なくてぽかんとしていると、その脇で瀬楽が、はあ!? と声を上げた。

「めと……、娶るって、嫁!? なんでまた千代を!?」

瀬楽が青年と千代の顔を交互に見比べている。その動揺振りに、千代もやっと言われたことを認識する。……ヨメって、……『お嫁さん』の事?

「あの……、お人違いやないですか? 私は和泉の神社で巫女をしてて、神様をお迎えする身なんです」

恐る恐る青年に言うと、青年は人好きのする笑みを浮かべて、こう言った。

「その神が俺だと言ったらどうする?」