ロゼッタが屋敷に押し掛けてきた翌日。
 俺は害虫駆除のため、村の西にある平原へとやって来ていた。

 イナゴが発生するのは、ここからさらに国境を越えた半砂漠地帯においてだという。
 毎年この時季になると一斉に飛来して、村の小麦畑を食いつくしてしまうそうだ。

「それじゃ、さっさと終わらせてしまいましょうか」

「よろしくお願いいたします、礫帝(れきてい)様」

 立会人として帯同してもらった村長が深々と頭を下げる。

 ちなみに、今回の駆除にはロゼッタも一緒に付いてきていた。

 ロゼッタは地味目な町娘の格好で、魔王だとバレないようにしてもらっている。

 さすがにこんな辺境の村に魔王がいるのはまずいので、身分を隠すようあらかじめ頼んでおいた。

 昨夜は新魔王軍を作るとか言っていたけど、彼女もいきなり素性を明かすつもりはないらしく、おとなしくこちらの言葉に従ってくれている。

「礫帝様。つかぬことをうかがいますが、そちらの女性は……?」

「ええと、彼女は俺の知り合いで……」

「ロゼッタといいます。私、クロノの幼なじみなんです」

「おお、そうでしたか。あぁ……なるほど、そういう……」

 ロゼッタがこちらに体を傾けるように寄せると、村長はそれを見て意味深にうなずいた。

(……? なんか、勝手に納得されたみたいだが……。どういうことだ……?)

 何だかわからないが、時間も押しているので害虫の駆除に入ることにする。

「火炎魔法、起動。『灼熱の果実よ、在れ(ファイアバレット)』」

 右手を上に掲げ、火炎魔法を発動。
 手のひらから生成された火球が上空で膨れ上がり、無数の火花に分裂した。
 それらの炎はすさまじい速さで西へと飛んでいく。

 通常なら、俺の属性ではこの規模の炎を操ることはできない。
 しかし、前もって真紅のルビーで火属性の強化を行なっていたため、キャパシティ以上の火炎を生成することができていた。

 遠見の水晶玉で国境沿いを透視すると、イナゴたちが自動索敵の炎で焼き尽くされていくさまが映し出される。

「おぉ……これは……すごいですな……」

 その映像を目にして、村長は感嘆の声を漏らした。







「さて、村長。少々ご相談したいことがあるのですが」

 駆除完了から間を置かず、俺は村長に一つ相談を持ち掛けた。

 それは一言で言うなら、彼に結界の術者となってもらい、村全体を結界で覆うというものである。

 今年はこうやってイナゴを全滅できたが、おそらく来年も害虫たちは飛来する。

 そうでなくても村には魔法を使える者がおらず、外敵からの守りには不安がある。

 そこで、彼を結界の核として、永続的に村に結界を張り続けることを俺は考えていた。

 当初の予定では俺が結界を張るつもりでいた。
 しかし、ロゼッタが来たため、彼女を魔王軍に送り返し、その際俺もここを離れる可能性が出てきた。

 それを考慮に入れると、今後のためにも村の誰かを術者として持続性のある結界を張った方がいい。

「お待ちください。ですが、私は魔法の心得など、まるでありませんが……」

「ええ、わかっています。ですからあなたには、この大地と契約を結んでもらおうと思っています」

「大地と、契約……ですか?」

「そうです」

 それは、失われた古代土魔法の術式。
 一定の制約と代償を受け入れることで、大地から力を借り、規格外の力を手にする秘術である。

 俺自身もこの契約を交わしており、それによって元の何倍もの魔力を手に入れることで四天王の地位にまで上り詰めることができていた。

「あの、その契約というのは……危険はないのですか」

「受けられる恩恵を多くすれば代償も大きくなりますが、今回は小規模な結界一つなので、そこまででもありません。しかも、契約の目的はこの村の防衛なので、制約や代償もそれに関するものに限定されます。具体的には、あなたがこの村に留まり続けることが、結界維持の条件となるのです」

「はぁ……」

 よくわからない、という感じで村長は声を漏らした。

 要するに、この契約は何のためにするかということに制約が左右される。
 たとえば、村を守るためならば、そこから外れた行いをすれば大地からの恩恵は得られず罰が与えられる。
 結界の核である彼が村を出て行けば、その反動で彼と村の地盤にダメージが行く、というように。

「村長。聞けばあなたは三十年、村から一度も出ることなく長としての任をまっとうされてきたとか。そうであるなら今後もここを出て行くとは考えにくい。これからも是非、あなたにこの村を守ってもらいたいのです」

 無論、どんな時でも留まり続けなければならないわけではなく、契約を解除すれば制約からは解放される。
 それ含めて俺は詳細を説明する。
 すると村長は少し考えるようにあごへ手をやった後、覚悟を決めた表情となり、俺に答えた。

「……わかりました。私も老い先短い身、おそらくここに骨を埋めることになるでしょう。それまでの間、このような栄えある役目を任せていただけるのなら、これほど名誉なことはありません。謹んで、受けさせていただきます」

「良かった」

 承諾の返事を聞き、俺は安堵する。
 手を差し伸べると、村長はうやうやしく頭を下げ、両手でこちらの手を取った。

 そして、俺は契約魔法によって大地と彼との間に魔力のパスをつなげる。
 それによって彼を核とする結界が村全土に展開され、これで今後の守りについて憂いはなくなった。

 一方、ロゼッタは俺と村長のやり取りを見て、何かを考え込んでいるようだった。