「まったく、あの小娘が! 我らの苦労も知らんと、好き勝手しおってからに!」

 魔王城の参謀本部で。
 空魔元帥はぎりりと歯を食いしばり、机を叩いた。

「まさか城を出て行くとはな……」

「うむ……。子供の考えることは突飛すぎて想像もつかんわ」

 陸魔元帥、海魔元帥も、苛立たしげに眉を寄せて言う。

 彼らは内心焦っていた。
 先代魔王が死に、目障りな人間も片田舎に追いやったと安心した矢先、二代目魔王たるロゼッタが出奔してしまったのだ。

 老元帥たちはこれから彼女を傀儡として、さらに覇権を拡大しようとしていたのだが、その目論見はいきなりつまづく形となった。

「……だが、まあ、そう気にすることもあるまい。小娘がおらずとも、我らの権勢に陰りが生じるわけではないのだ」

「それはそうだが……放置するわけにはいかんだろう」

「それに、あの娘の魔力は並み外れて高い。あれを捨て置くのはさすがに惜しいぞ」

「では、どうする。ロゼッタは曲がりなりにも魔王だ。あやつを連れ戻せる者が今の魔王軍にいるのか?」

 海魔元帥の言葉に、言った本人も含め、三人は押し黙る。

 しばしの沈黙の後、空魔元帥が口を開いた。

「……聞けばあの小娘は、先に追い出したクロノと古くからの知り合いだという。出て行ったのも、あの人間の処遇に怒ってのこと。ならば、クロノとロゼッタ、両方を懐柔できる立場にある者を向かわせるのが良いのではないか」

「となると……残りの四天王の誰かか?」

 空魔元帥はその問いにうなずいて言った。

「我が空魔軍を前線で指揮する『雷帝』クラウディア・ハスカルを推そう。あの女は四天王で最年長。四人のまとめ役であったと聞く。私が命じて、クラウディアを人間の村に派遣しようと思うが、どうだ」

「ふむ、そういうことであれば、異論はないが……」

「しかし、どちらにせよ四天王だろう。従うのか? 奴らこの前も全員で、クロノの追放は不当だと抗議に来たではないか」

「案ずるな。クラウディアは他の四天王と違って、軍籍の夫がいたコブ付きの女だ。今は夫を亡くし親子二人だが、軍部との繋がりは強く、動かすことは容易い。手立てはいくらでもある」

「ほぅ」

「では、空魔元帥殿のお手並み拝見というわけだな」

 陸魔元帥、海魔元帥が、ニヤリと笑って了承する。

 ただ、それは同僚を信頼する善意の笑みではなかった。

 彼ら三人は表向きは協力関係にあるが、腹の底では互いを信用していない。
 三人ともに、隙あらば残りの二人を蹴落とそうと、水面下では牽制し合っている。

 今はロゼッタを連れ戻すという共通の目的に足並みをそろえているが、その問題がなくなれば三者の権力争いが一気に表面化することは確実だった。

 それどころか、今回のことについても、他の二人は空魔元帥が失敗することを密かに期待していた。


 こうして、空魔元帥は雷帝クラウディアに魔王奪還を命じ、彼女はクロノの村へと派遣されることになる。

 だが、三元帥は見落としていた。
 ロゼッタのみならず、残りの四天王たちがクロノとどれほどの信頼関係を結んでいたかを。

 さらに言うなら、ロゼッタがクロノのもとで本気で新魔王軍を樹立しようとしているなど、まるで考えもしなかった。