それから十日後、就任式が執り行われ、俺は正式に三代目の魔王となった。
式にはさまざまな人たちが駆け付けてくれて、俺の魔王就任を祝ってくれた。
たとえば、エルフの里からはフィーネをはじめとしたエルフたちが、氷魔族の領地からは以前決闘したウォドムや長老会の面々が、といった具合に。
彼らは気さくな笑顔を見せつつも、礼儀にのっとり俺へと拝跪してくれる。
また、俺の屋敷がある村の村長や、魔王軍の人間兵たちも、魔王襲名を我が事のように喜んでくれた。
人間の兵士たちはすでに王都に戻り、前と同じ持ち場に就いている。
彼らが言うには、俺が魔王になったことで以前よりも異種族からの風当たりが弱まり、より生活しやすくなったそうだ。
そういう異種族間の目に見えない軋轢は、すぐになくなるわけではないだろうが……これから先、人間以外でもそういう風潮をなくしていけたらと思う。
そうして式は無事終わり、しばしの休憩を取っている時。
ロゼッタが何やら大事な話があるとかで、俺の部屋へとやって来た。
コンコンコン
「……クロノ、いますか? あの、お部屋に入っても……いいですか?」
「ああ、開いてるよ。どうぞ入って」
何の話かは聞いていない。
外敵の心配もないし、彼女から地位も承継して、万事安泰。
これ以上大事な話なんてないと思っていたのだが……しかし、入室した彼女の姿を見て、俺は言葉を失う。
「……ロゼッタ、お前……その格好……」
「あの、えっと、クロノ……」
「じゃっじゃーん! ねぇねぇクロノ、どうよこれ! ロゼッタ様、すっごく綺麗でしょ?」
「この衣装、僕たちがいっしょに選んだんですよ!」
「人間が婚姻の時に着るドレスって、すっごく素敵よねぇ。真っ白で、ひらひらして……まるで一輪のお花みたい」
どどどっと、ロゼッタの後ろからフレイヤ、アストリア、クラウディアがなだれ込んでくる。
そして、彼女たちの言う通り──今のロゼッタは、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
「……って、皆。これはどういう──」
「あのっ、クロノ!」
俺の言葉をさえぎって、ロゼッタが声を上げる。
彼女は切羽詰まったような表情で、けれど少しだけ顔を赤らめ、俺へと向かい合った。
「クロノ、私……あなたにずっと言いたかったことがあるんです。最近ずっと大変で、それどころじゃなかったけど、落ち着いたらいつか伝えたいと思っていました。た、ただ……」
彼女はそこでぐっと一拍置いて、呼吸を整える。
「ただ、私が魔王だった時にこれを言うと、何だか命令してるみたいに思われそうで。でもっ、クロノが魔王になった今なら、堂々と言えます! わ、私は、あなたのことを、ずっと──!」
「──待った」
そこで俺は彼女の言葉を留めさせた。
いや、もう、今のロゼッタの格好で、そこまで言われれば鈍感な俺でもさすがにわかる。
彼女が何を思っていたのかを。
それから、何を言おうとしたのかも。
だが、だからこそ──女性の方からそれを言わせるのは、あまりにも申し訳ない。
言うのなら……俺の方から告白するべきなのだ。
それにまあ……俺も男だ。
好きな人には自分から思いを告げたいと思っていたし、そんな場面を一度も想像しなかったわけじゃなかった。
種族や身分の違いもあって、無意識のうちに気持ちを抑え込んでいたけれど、ここでようやく俺は自分から思いを伝えることを決意する。
「……ロゼッタ」
「は、はい」
「今まで苦労をかけた。いつも俺を助けてくれて、気にかけてくれて……ありがとう。俺は君がいるからこそ、ここまでやって来れたんだ。そして、今後も……そうあってくれたらと思っている」
「……クロノ」
「俺は──君のことが好きだ。魔王じゃなく、クロノという一人の男として、君に聞いてほしい。どうか……俺の妻になってくれないか。俺とともに、俺の一番近い場所で……これからの道を歩んで欲しいんだ」
「クロノ……!」
ロゼッタが目に涙をためて俺に抱きついてくる。
彼女をしっかりと抱き留め、その切なる思いとともに、俺はすべてを受け取めた。
「クロノ……私は……私も、あなたのことが好きです……! これからもずっと、あなたの傍で……あなたのために生きさせてください……!」
「ああ……ありがとう」
ロゼッタは泣き顔を隠すように、俺の胸に顔をうずめる。
俺たちの後ろでは、フレイヤたち三人が祝福の拍手を送ってくれていた。
「皆もすまなかったな……。なんか……ここまでお膳立てしてもらって」
「ううん、違うわよ、クロノ」
「僕たちも、お二人が結ばれることが一番ですから」
「それに、そういう時は『ありがとう』って言ってくれないとね」
「……ああ、そうだな。ありがとう、みんな」
その場にいる全員が、和やかな雰囲気で笑い合う。
良い仲間たちに囲まれて、俺は本当に果報者だとしみじみ思った。
ただ、そんな感じで、これでめでたしめでたしと思っていたのだが……次の瞬間、フレイヤたちは少しだけ不敵な笑みへと表情を変化させる。
「うっふふー。それにー、ロゼッタ様の思いが成就されないと……私たちも次のステップに進めないものね?」
「そうそう。ちょっと利己的かもしれないけど……まあ、これが本音なんだからしょうがないわよ」
「あ、あのっ、クロノさん! ぼ、僕たちも、クロノさんの、お、およ……っ!」
「はいはい、落ち着いてアストリア。このことは三人いっしょに言おうって決めてたじゃない」
「あっ、す、すみません。クラウディアさん」
「……え、あの、三人とも。何の話をしてるんだ?」
俺の質問には答えずに、フレイヤたちはこちらに向かって並び立つ。
クラウディアが「ロゼッタ様、それじゃクロノ君お借りしますね」と断ると、承諾の返事を待つことなく、彼女たちは同時に魔力を展開させた。
「じゃ、いっちゃいましょうか。──せぇのっ!」
それから三人は上着を脱ぎ去り、変わり身の魔法を発動させる。
バサバサバサッ……ヒュオオオッ!
「「「クロノ(さん)、私たちをあなたのお嫁さんにして下さいっ!」」」
「……は?」
三人はいつもの軍服から、一瞬でドレス姿へと変身していた。
それらはウェディングドレスさながらのデザインで、それぞれがルビーレッド、ターコイズブルー、ライムイエローの鮮やかな輝きを放つもの。
また、各人の手には同系色の花束が添えられている。
それぞれを胸の前に持ち、俺へと詰め寄るように一歩踏み出す。
「ね、どうなのかしら? クロノ君」
「す、すまん。言ってる意味がわからないんだが。お嫁さんって何だ。何のことを言ってるんだ……?」
「あらぁ? うーん……言い方がまずかったのかなあ。要するに、私たち三人とも──」
「く、クロノさんと結婚したいってことですっ!」
その言葉に、ガツンと後ろから頭を殴られたような衝撃。
言っている意味はわかる……気がする。
いや、わかるけどわかりたくない。というか、何を考えてるのかわからない。
「な……何言ってるんだよ、三人とも。おかしいだろ。だいたい俺、今ロゼッタに告白したばかりなんだけど……」
「もちろんわかってるわ。でも、それはそれ、よ!」
フレイヤが、びしっと人差し指をこちらに向ける。
「クロノさん、僕たちずっとクロノさんのことが好きだったんです。だから、その、ロゼッタ様の次でいいですから……僕たちも、クロノさんのお嫁さんに……して欲しいんです」
アストリアが、すがるような瞳で俺に言う。
「あのね、クロノ君。魔族は別に一夫多妻制でも問題ないのよ。現にロゼッタ様のお父様……亡き初代魔王様だって、各地に何人も現地妻がいたんだから」
クラウディアが諭すように説明する。
っていうか、クラウディア。お前、死別したとはいえ既婚者だろ……。娘もいるっていうのに……。
俺は助けを求めるように、ロゼッタへと振り返る。
が、ロゼッタは怒った様子もなく、少しだけばつの悪い表情になって俺に言った。
「えっと、クロノ……。実を言うと、私はもう彼女たちの思いを聞かされていて……。その、私の後で告白することを許しているんです。だからこれは、最初から予定されていたことというか……」
「え……えええぇ……?」
「私も三人には感謝していますし……。その、クロノの一番が、あくまで私ということなら……まあ、別にいいかな……と」
「おいおいおいおい………!」
恥ずかしげに赤面するロゼッタに、俺はマジかと頭を抱えた。
(……いやいやいや、退路なしってどうなんだ。つか、本当にそれでいいのか、ロゼッタ!?)
「あのね、クロノ君。私たち竜族と戦う前に、伝えたいことがあるって言ったでしょ。要するに、あの時言っていたことがこれなのよ。私たち三人とも、第二、第三夫人でもいいから、あなたの傍にいたいなって」
「いや、お前らも……そうじゃないだろ? それでいいのかよ? 第二夫人とかじゃなくてさぁ……! もっと自分を大切にしろよ!」
ちょっと声を強めてたしなめるが、三人ともお構いなしだ。
というか、こっちの話を聞いちゃいない。
多分、わかっているのだろう。俺が彼女たちに強く出られないということを。
彼女たちは三人ともに俺をここまで助けてくれた恩人。種族は違えど、もはや家族も同然と言っていい。
無茶な要求を歓迎することはできないが、強く拒むにはいかんせん付き合いが深すぎた。
「と、いうことでー……これからも末永くお願いしますねっ、旦那様?」
「クロノさんっ、ぼ、僕っ、皆さんより魅力は劣るかもしれませんけど、がんばりますからっ!」
「ふふ、これからの日々が楽しみねぇ。ドロシーもクロノ君がパパになるなら、きっと大喜びよ」
「いや、おかしい……おかしいって……!」
「……クロノ」
混乱して足元がふらつく俺を、ロゼッタが支える。
「あ、悪い」と、俺が踏みとどまると、彼女は顔を赤らめ「好きです」とつぶやいた。
「……ロゼッタ」
それは、フレイヤたちには負けられないと言わんばかりの健気な表情で。
俺は彼女の耳元に近づき、「俺もだ」とつぶやき返してやる。
(ロゼッタのことはいい。いいんだが……やっぱりこの状況は、どう考えてもまずいだろ……?)
困惑する顔を皆から隠すように、俺は窓の外を見る。
穏やかな天気、すべて世は事も無し。しばらくは外交的に問題がなさそうなことだけが、唯一の救いだった。
「あー……と、みんな。その……どうか……お手柔らかに、な?」
なだめ落ち着かせるつもりでそんな言葉を述べてみるが、何を勘違いしたのか女性陣たちは目を輝かせる。
ロゼッタも加えて、「はいっ!」と元気な返事が、魔王城の私室に響き渡る。
これから始まる魔王としての日々は、何だか色々な意味で……大変そうだった。
<『絶対守護領域の礫帝』 ~完~>