「脆いものだな。一騎当千を誇る魔王軍の四天王も、守るものがあればこの程度か」

 指揮官の男はこちら側へと騎竜を進ませると、顔が確認できるくらいの距離で俺を嘲った。

「悪趣味野郎が……ッ」

 卑怯だと言う気はない。敵のウィークポイントを攻めるのは、戦いでの常套手段だ。
 だが、それを許容できるかは別問題であり、はっきり言って気に食わないやり方ではある。

「お初にお目にかかる。私はドラグニアの上級大将、ラグナ・グレイン。君は魔王軍四天王……クロノ・ディアマットだったね?」

「ああ。丁寧な自己紹介、どうもありがとうよ」

 皮肉を込めてそう返すと、ラグナは楽しげに笑みを漏らす。

「知り合ったばかりで申し訳ないが、我々は敵対する関係。君にはここで死んでもらわねばならない。残念ながら、初めましての次は──さよならだ」

「くっ!」

 ガキィン!

 微笑をたたえたまま、ラグナは剣を振り下ろす。
 俺は守護結晶を展開し、何とかその攻撃を防御した。

「ははっ、やるな! 我が剣でも亀裂すら入らんとは! その魔力の結晶、どうやら硬度は竜鱗よりも上のようだ!」

「そりゃどうも! 竜族のお偉いさんにお誉めいただき、光栄だね!」

 続いてラグナは飛行魔法で突進してくる。
 俺はその間に守護結晶を置き、同じように飛翔して距離を取る。
 しかし、スピードといいパワーといい、桁違いだ。
 人の姿をとっているとはいえ、竜なのだから当たり前か。軽口をたたいて虚勢を張るが、俺はヤツの攻撃を必死でいなすしかない。

(くっそ、反撃の隙がねぇっ……!)

 こちらの余裕のなさを感じ取ったか、ラグナはニヤリと口角を上げる。
 直後、パチンと指を鳴らし、彼は味方に何かの合図を送った。

「──行け」

 ギュオオオオオオッ!

「!?」

 瞬間、フレイヤたちと戦っていた数十体の竜が方向を変えて滑空してくる。
 狙いは先刻と同じ、魔王軍の非戦闘員たち。
 俺はラグナに手一杯で動けず、結晶の生成が間に合わない。

「しまっ──」

「『高貴なる盾よ、(ダイヤモンド)守護せよ(ウォール)』!」

 キィン!

 俺の代わりにロゼッタが防御魔法で竜の突進を阻む。
 が、直下してくる数体は何とか食い止めたものの、残りは軌道を変更して、防御壁の外側から襲いかかってきた。

 ザッシャアアアッ!

「ぎゃああっ!」

「うわあああっー!」

「みんな、散ってはいけません! 私の周りに固まって!」

 多くの避難民たちが逃げまどいながら負傷する。
 ロゼッタが声を上げるが、混乱と恐怖がピークに達し、彼らはそれに従うことなく無軌道に走り回る。

 そもそもロゼッタの防御魔法は、大勢をカバーできる性質のものではない。
 指輪で魔力が高まったとはいえ、守るべき者の数が多すぎた。
 防御壁のないところを狙われれば、さすがの魔王でもすべてを守りきれるわけではない。

「自国での戦闘というのは難儀だな! せめて戦いに専念できれば、我らと互角に渡り合えたかもしれないものを!」

「っせえなッ!」

 ラグナが高らかに笑い声をあげる。
 とはいえ、まさにこいつの言う通りだった。
 避難民への防御のせいで、こちらは数手遅れることになる。
 魔王や四天王が竜族に匹敵する力を持とうと、これでは意味がない。
 反撃する策がない──刃を交えつつ、俺の脳裏に敗北の二文字が浮かぶ。
 
 だが、その時。

「竜族たちよ、魔王はここです! 私こそが魔王軍首領、ロゼッタ・アグレアス! 首級を上げたいと思う者は、かかってきなさい!」

 ロゼッタが避難民の固まりから抜け出して、一人別方向に走り出していた。
 彼女は大声で竜たちに叫ぶ。自分こそがお前たちが求めているもの、一番の獲物だと。
 そしてなんとロゼッタは、自らの魔力を身体からすべて消し去っていた。
 完全に防御力ゼロの状態。
 これでは人間の少女とまるで変わらない。竜がひと撫でするだけで、おそらくその身は裂けてしまうだろう。

「ばっ……何やってんだ!」

 彼女の意図は明らかだ。
 すなわち、民を守るため、自分だけに攻撃を集中させようと飛び出したということ。
 その気持ちはわかるが、この状況ではあまりにも危険すぎる。

「やめろ、ロゼッタ!」

 必死で呼び止めるが、しかしロゼッタは凛とした表情でこちらを見返し、強い口調で叫んだ。

「クロノ、今です! 守護結晶を全面に(・・・)展開させて下さい(・・・・・・・・)!」

「──!?」
 
 一瞬、意味が分からずこちらの動きが止まる。
 とはいえ、迷っている暇などない。
 言われなくてもそうするしかなかった。
 ただし、全面になんてとても無理だ。
 他の者には悪いが、俺が一番大切なのはロゼッタただ一人。戦いの趨勢など関係なく、彼女だけは何としても守り抜く。

 竜たちが彼女へと一斉に襲い掛かる。
 俺は全魔力を放出して、結晶の防御壁を急速展開する。

「『守護領域生成(ガード・イグジスト)』!! ロゼッタ──ッ!!」

 キィィン──ズガガガガガァッ!!

 竜の爪がロゼッタの背中を引き裂く寸前、魔力の結晶がそれを阻んで覆う。
 翼の羽ばたきで土煙が舞い上がり、ガードの瞬間、視界が遮られた。
 それでも、ギリギリのタイミングで何とか間に合ったはず──万が一の恐怖とともに、じっとその場を見つめると、煙が晴れた直後、驚愕の光景が飛び込んでくる。

「……ど………どういうことだ……?」

 サラサラと土煙が流れ、視界が明らかになる。
 そこにあったのは魔力の結晶。高純度のエネルギーの塊が、ロゼッタを守り通していた。
 いや、それはいい。その結果自体は、俺がやろうとしたことだ。
 しかし、俺が驚き予想外だったのは、その結晶の大きさにあり──

 オオオオオオオオ……

「な……何だ、この魔力の結晶は……! 何故……こんな巨大なものが……!」

「…………………でっっっか!!!」

 ラグナが呆然とつぶやく横で、思わず声を上げてしまった。

 そう、その防御結晶は、あまりにも巨大で広範囲。
 一つ一つの結晶が人の背丈ほどに大きくなり、それが何千、何万と、縦横無尽に連結して地平の果てまで続いていた。

「やった……やりました! 成功です、クロノ!」

 避難民も上空の四天王たちも、全員が同じように言葉を失う中で、ロゼッタだけが得意満面な表情でこちらを見上げる。

 つまり、目の前の光景は彼女が意図して作り出したものということ。
 どうしてかはわからないが、ロゼッタはこうなることがわかっていたのだ。
 そして、これだけは言える。
 この力があれば、すべての民を守り切り──どんな敵をも打ち倒せるはずだと。
 今まで小さなかけらでさえ、あれほど有用だったのだから、それがこんなに大きくなったのなら──

「ロゼッタ……」

「ええ、クロノ。これで私たちの……勝利です!」

 結晶に守られた彼女は力強く拳を握り、それをこちらへと向け、微笑んだ。