大型翼獣による高速移動のおかげで、俺たちは目的地まであと少しというところまで来ていた。
どうやら映像での民への訴えは上手くいったらしい。合流予定の平原には、予想していたよりもはるかに多くの魔族たちが参集するとのことだった。
潜り込ませていた味方の報告によれば、もはや投降者の数が多すぎて、追手の兵すら足りなくなるかもしれないという。
ただ、とはいっても。
懸念要素はまだまだ残っている。
(そう、問題は……同盟を結んだ竜族たちがどう出てくるかだが……)
元帥たちと手を組んだ竜の国家ドラグニア。
正確には、手を組んだとか、同盟なんて穏やかな関係ではないだろう。
正気を失わせる竜鱗を供与したということは、彼らは魔王軍をいずれ乗っ取るつもりに違いない。
気になるのは、元帥たちがどこまでそれに気付いているか。
竜鱗の危険性に気付いてないのなら愚かとしか言いようがないし、気付いたうえで部下たちにそれを装備させたのなら、悪辣以外のなにものでもない。
こちらが行った魔石の映像警告を、あいつらはどう受け止めたのだろうか。
「クロノの言うことなど聞くに値しない」と切り捨てるにしろ、鑑定魔法での解析くらいはしておいて欲しいが……それでも楽観視はせず、最悪の事態に備えておくべきだと思った。
「──礫帝様! 避難民たちが見えてきました!」
先頭の翼獣に乗っていた部下が声を上げる。
まだまだ距離は遠く、砂粒ほどにしか見えない大きさだったが、確かに大勢の集団がこちらに向かってきていた。
遠見の魔術で拡大すると、彼らのみならず、その後ろから元帥側の兵と思しき者たちが追走をかけているのが見える。
「……やっぱり来たか」
同族どうしで争うことほど無益なものはない。
魔族でない俺ですらそう思うのだ。当の本人である彼らは、何よりもそのことを理解しているだろう。
それなのに、いくらかの兵たちが元帥側についたのは、よほどの旨味があるのか、それとも脅しをかけられたか──
「……って、おい」
追手の集団をさらに拡大して見た直後、俺は思わず驚きの声を漏らした。
「どうしたの、クロノ」とクラウディアが同じように遠見の魔術を行使する。
そして彼女も、「あらぁ……これは予想外ね」とつぶやく。
追撃部隊の先頭には、なんと三元帥がいた。
現役を退いた老体が、騎乗して兵を率いている。まさかと思うが確かに彼ら本人だった。
だが、あの老獪な元帥たちがどうしてわざわざ前線に出てきたのか? そんな疑問が浮かぶが、それもすぐに氷解する。
元帥たちは三人ともが竜鱗の甲冑を身に着けていた。
しかも、彼らは死んだように虚ろな表情で、挙動もぎくしゃくとぎこちない。
それはもはや虚ろを通り越して、人形のようですらある。
(……いや、違う。本当に操り人形なんだ。あれはもう……俺の知ってる三元帥じゃない)
つまり、竜鱗に意識を乗っ取られてしまったのだ。
あの老人たちは、おそらく竜族の思惑を読み切れなかった。まんまとドラグニアの策にはまってしまったのだろう。
後ろに続く兵も全員が竜鱗の甲冑を身にまとっており、誰もが同じように幽鬼のような表情をしていた。
(全員が心を支配されたと見て、間違いないな……)
竜族からしてみれば、自国の兵を使わずに、使い捨てで魔王軍を消耗させられるわけで、これほどコストのいい駒はない。
しかも支配した手駒は、勝手に戦ってくれるのだ。彼らが竜鱗の支給を続々と推し進めていくのも、ある意味当然のことといえた。
しかし、そうであるにしても、戦場においては現場を監督する正気の指揮官が少なくとも一人はいなければならないだろう。
つまり、意識を失った兵を操る竜族が、この平原のどこかにいるはずだ。
そう思って俺が辺りを見回すと、それより早くアストリアが「クロノさん! 上を見て下さい!」と呼びかける。
「上? 上って……」
こちらの真上ではなく、追撃隊の上空。遠見の魔術を外してその方向へ目をやると、俺は目を見開いた。
「! これはっ……」
そこには翼を持った何百もの竜たちが大群になって浮遊していた。
それはまるで、これから総力戦でも行うかのような大軍勢。
一体一体が戦士百人相当の強さを誇る竜。それが群れを成してこちらに向かってきている。
その大群を見て、ハッと気づく。
──そうか。これはもう同士討ちの監督役なんて悠長なものじゃない。
竜族は自らの戦力も投入して、俺たち魔王軍をここで叩き潰すつもりだ。
先頭のひときわ巨大な竜には、黒い軍服の男が仁王立ちで騎乗していた。
そいつは先日のハシュバール戦でも見た将兵。一人だけ竜鱗を身に着けず、軽やかな身のこなしで戦線を離脱した、あの男だった。
その姿を目にして、俺は理解する。
彼はハシュバール戦においての監視役だったのだと。加えて、今日の戦いでは監視役とともに、おそらくは指揮官の役目も負っている。
さらに言うなら、こいつこそが竜鱗の策略を実行している黒幕のトップではないだろうか。
……いや、間違いない。立ち位置や装束、不敵な笑みをたたえた態度からして、おそらくそうに違いなかった。
そして、その邪悪な笑みは、俺たち魔王軍を倒すために周到な準備をしてきたことを何よりも端的に表していた。
「……しまった。こりゃ少しばかり、見立て違いだったかもしれないな……」
俺はすべてを悟り、ぐっと歯噛みしてその敵将をにらみつけたのだった。