中央の都を出た俺は、南部の農村地帯へと帰郷した。

 そこは魔王軍領でありながら、人間だけで構成された村。
 捕虜から帰順した人間や、戦災で親を亡くした孤児などが集められ、皆で協力し合って暮らしている。

 俺は幼い頃、この村から先代魔王に見出されて王都へと移った。

 なので、一応ここが生まれ故郷ではあるのだが……村でのことはあまり覚えておらず、どこか遠い親戚の家にやって来たような感覚に近い。

 ただ、自分と同じ人間を目にすると、何故だかホッとする。


 俺は村長の家に挨拶に行き、そのまま村から離れた森の一軒家に向かう。
 その家こそが、これから俺が暮らす場所。
 もとは先代魔王の別荘で、彼の死後は俺へと譲られた屋敷だった。

 先代──ロゼッタの父親は、人間とも分けへだてなく接し、しばしばこの村で休暇を過ごしていた。
 その別荘はかなり古いが、作りはしっかりしており、住み心地はなかなか良さそうに見える。
 ただ、俺一人が住むには少々大きすぎるかもしれない。

「とりあえず、屋敷全体を使えるようにしないとな……。土魔法、起動。『生まれよ、我が従僕たち(クレイ・サーバント)』」

 呪文を唱え、屋敷の庭からゴーレムを生成する。
 庭の土に魔力を混ぜ合わせ、人の形に整えていく。
 さらにその上からも魔力をコーティングして、崩れないよう外殻を強化する。

 そうしてまたたく間に、俺の命令に従う十体ほどのゴーレムが出来上がった。

「それじゃ、屋敷の掃除、洗濯、あと夕食の準備を頼む」

 今後の家事もゴーレムたちに任せればいいだろう。
 彼らに命じ、俺は屋敷の金庫室へと向かう。
 その部屋で、明日以降の準備をするためだ。

 この村は戦地から遠く離れていて、戦火の心配はない。
 だが、村で暮らすのは魔法を使えない非戦闘員ばかりなので、中央に比べて生活には不便なことが多かった。

 直近の問題としては、村へのイナゴの襲来が懸念されていた。
 ここ数年、西から飛来したイナゴの大群によって、作物が食い荒らされる被害が発生しているという。

 税収が減るのは俺としても困る。
 昼に村長へ挨拶しに行った時、その対処について相談され、俺は早速明日にでも駆除にかかることを約束していた。

「イナゴ、か……。虫を退治するんだったら……火炎……ルビーかな……」

 大量のイナゴを殺し尽くすには、それ相応の火力が必要だ。
 なので、火炎魔法の威力を上げるため、それに合った宝石を前もって選んでおくつもりだった。
 準備というのは、そのことだ。

 俺が行使する宝石魔法は、主に対象者の力を上げるバフの効果を有している。
 それは潜在能力を引き出すもののほかに、特定の属性を強化するものもある。

 俺はもともと土属性の魔法が得意だったが、鉱石など石類の使用も土魔法の範疇に入ると考え、そこから転じて宝石や魔石の力を利用する宝石魔法のカテゴリーを独自に編み出していた。

 礫帝(れきてい)という呼び名も、小石やつぶて、つまりは石全般を操る者を意味する。

 ちなみに、金庫室の宝石類は追放が決まった後、あらかじめ運ばせておいたもので、今の俺の全財産だ。
 鉱石はまだしも、宝石や魔石はわずかな量でとてもつもなく金がかかるので、そこだけがこの魔術の欠点だった。

「あとは……確認用に、遠見の水晶玉を持って行けばいいか……」

 俺は棚の奥から拳ほどの水晶球を取り出す。

 そうやって用意を整え、明日の朝にでも害虫の駆除に行こうと考えていた時──


 ドンドンドン ドンドン


「誰だよ、こんな時間に……」

 強く扉を叩く音がした。

 というか、銅製のチャイムがあるんだからそっちを鳴らせよと思いつつ、玄関まで足を運ぶ。

「はいはい、どちらさま?」

 ガチャリと扉を開ける。
 すると、バッと両手を突き出して、俺に抱きついてくる影が一人。

「──うおっ!?」

「会いたかった、クロノ! どうして……どうして私に何も言わずに出て行ったんですか!」

 それは、俺の幼なじみにして現在の魔王軍首領──ロゼッタ・アグレアスだった。