最近のクロノは、とても忙しそうだ。
部隊の編制、他国との交渉、個々の兵士の魔力強化まで……新魔王軍を組織するにあたっての様々な事柄が、彼主導のもとで進められている。
魔王軍幹部なのだから、それらの仕事は当然彼がすべきことといえるかもしれない。
クロノ自身も現場仕事は嫌いじゃないからと、率先して職務に取り組んでいてくれた。
けれど、彼に丸投げしたうえで、特にすることもなく魔王である私が屋敷でふんぞり返っているのは、さすがにちょっと心苦しい。
それに、クロノには私の次の魔王になってもらいたいから……雑事も含めて色々と負担をかけてしまうのは、余計に申し訳なかったりする。
とはいえ、彼でなければできないことも多いので、代わってあげることもできない。
「ロゼッタは一番偉いんだから、ドンと構えていることが仕事なんだよ」、クロノ自身からそう言われてしまえば何もできず、結局私は屋敷の奥で、一人静かに時を過ごしていた。
そんなクロノだったけど、ある日聞きたいことがあると言って、私のところへ尋ねて来る。
何かと思えばそれは魔石による私の魔力上昇についてだった。
実を言うと、フレイヤたちの魔力を増強させたあの日、私だけ適合する魔石が見つからず、どうするか問題を先送りにしていた。
けど、もしかしたら合う魔石があるかもしれないというのだ。
部屋に来たクロノをソファーに招いて座らせると、彼はさっそく用件に入る。
「あの後、フィーネさんに聞いたんだけどさ。全属性──フルエレメンツの魔術師は、そもそも適合する属性の魔石がないらしいんだ。だから、ロゼッタの魔力を上昇させる石が見つからなかったのも、ある意味当たり前だったみたいなんだよ」
「……そうだったんですか?」
『全属性』。
要するに私は他の者とは違い、すべての属性に適合性があり、どんな魔法も最大効率で使用することが可能だったりする。
それは、魔王たる血筋に生まれた特権ともいえる力。
そのこともあって、どの魔石を用いればいいかわからなかったのだけど、どうやら最初からどんな魔石でも無理だったらしい。
ただ、そうなのだけれど。
博識なフィーネさんによると、そんな私でもあるいは使える魔石があるのだという。
「使えるっていうか……この場合、『使える魔石に、こっちからしてやる』ってことらしいんだよな。フィーネさんが言うには」
「……どういう意味ですか?」
おかしな言い回しに私は聞き返す。
クロノは背もたれに深く座り直すと、順序だてて要件を説明してくれた。
「全属性の魔術師は、他と違って属性ごとに自らの魔力の波長を変えられる。ただ、そうなると魔石で魔力を増幅させる場合、基本となる属性が不確定なために魔石が反応してくれなくなるんだ。だから、全属性の増幅においては、属性が定まった魔石を使うんじゃなく、逆に『流動的な波長に反応できる魔石』を『こっちで作ってやる』ってことになるのさ」
「え、でも、そんな方法……可能なんですか? 自分で魔石を作るなんて……何だか難しそうですけど……」
「まあ、一から作るのは俺にも多分無理だな。だから、この場合としては、既存の魔石に魔力を流して流動波長に慣らしてやるのが一番確実なやり方になる。より具体的には、対象者のもっとも近しいものを加工することになるんだが……」
「もっとも近しいもの……?」
「その人が愛用している宝石とかそういうものさ。肌身離さず身に着けているようなものは、おのずとその人の魔力に合うように変わっていくようになるんだよ。それは別に宝石じゃなくて、貴金属とかでも構わない。ロゼッタ、何かないか? いつも身に着けているアクセサリーみたいなものは」
「え、アクセサリー……ですか。うーん……」
予想していなかった質問に、私は腕を組んで考える。
正味な話、私はジャラジャラと装飾品をつけるのは趣味じゃなかったので、その手のものはあまり持っていなかった。
そもそも服やら何やらも、魔王城に置きっぱなしで、こちらの屋敷に持ってきたのは小さな宝石箱が一つのみ。
(あ、でも、宝石箱……。あれの中には自分の大切なものを入れてたから、何か適合するものがあるかもしれない。あぁでも、魔石や宝石の類はなかったっけ……)
そう思いながら私はその箱を取り出して、中のものを全部テーブルに広げてみる。
箱の中には決して高価ではないけど、どれもこれも私にとってはかけがえのないもの──今の自分を形作る、大事な思い出の品々が入っていた。
(これはお父様から誕生日プレゼントにもらった髪留め……。こっちは小さい頃、クロノがくれたおもちゃの指輪……。懐かしいなあ、あの頃は何も考えずに二人で遊び回ってたっけ……)
「あれ、ロゼッタ。その指輪なんか良さそうじゃないか?」
と、そこでクロノがその玩具の指輪を指差して言う。
私はそれを取り上げて、よく見えるよう二人の目の前に置いた。
確かに、一見すればその指輪は宝石として利用できそうにも見える。
けど、あくまでこれは子供用のチープなイミテーションなので、魔石の代わりとしてはさすがに無理があるように思えた。
「ううん、ダメですよ。覚えてないかもしれないですけど、これは子供の頃、クロノが買ってくれたおもちゃなんですよ。魔石として使うなんて、きっと無理です」
「……いや、できるよ、これ」
「え?」
おそるおそるといった感じで、クロノは指輪をつまみ上げる。
彼の眼を見ると、適合性を確認するための解析魔法を発動させていた。
その光る瞳が、指輪を見つめる。
キィンキィンと共鳴の波長が鳴り響き、それがピークに達した後、徐々に収まっていく。
魔力の輝きが消失すると、クロノは驚きと喜びの表情になって、私に言った。
「全属性用の魔石は、その物品への思い入れが強いほど上昇率も高いらしいんだ。ロゼッタが大事にとっておいてくれたこの指輪……どうやら、最大級の魔力を引き出すアイテムになりそうだよ」