「……というわけで、ハシュバールの人間たちは、おそらく竜族に操られていると思う」

 それから三日後。
 エルフの各集落の族長たちとの顔合わせを兼ねた会議で、俺は調べ上げた事実を皆に報告した。

「竜が人間を操る……ですと?」

「ああ、といっても、ハシュバールの兵はその事に気付いていないはずだ。竜鱗に触れ続けることで、知らないうちにじわじわと洗脳されていく……多分彼らはそんな謀略にはまりつつあるんだと思う」

 フィーネが鑑定したところ、竜鱗には人の正気を失わせる強い魔素が含まれていた。
 その魔素を吸うと、最初のうちは軽い興奮状態になる程度だが、摂取量が増えればだんだんと狂暴化してゆき、最後には精神に異常をきたすことになるのだという。
 そして、正気を失った人間は、魔素の発生源である竜族の思うがままになってしまうらしい。
 その事実を耳にして、テーブルを囲んだフィーネ以外のエルフが大きくざわついた。

 この場にいるのは、フィーネをはじめとしたエルフの各族長が二十名ほど。
 一方、俺たち魔王軍からは、代表として俺とロゼッタの二人が出席している。

「竜族は誇り高い種族と聞いていたが……まさかそんな奸計を弄するとは……」

「近年では魔族のみならず、人族の国家も力を増してきていますからな……。思うところがあるのでしょう」

「ですが、そんなことにわかには信じられませんよ。……失礼ながら、クロノ殿といったか。魔王軍のあなたが虚偽を述べている可能性もある」

「……確かにそうだ。あんたこそが我々をだまそうとしているんじゃないのか」

「ちょ、ちょっと! 何言ってるんですか! 私たちエルフは魔王軍と同盟を結ぶということで、先日正式に合意したはずでしょう?!」

 族長たちが思い思いのことを口にし始めて、フィーネが思わず抗議の声を上げた。
 先のようにフィーネから同盟を申し出てくれたのだが、やはり見知った彼女以外が魔王軍を信用するのは難しいのだろう。他のエルフたちからは疑いの声が上がる。
 円卓を見渡せば、族長たち、その中でも老いた男のエルフたちは、懐疑的な視線をこちらに向けていた。

「フィーネよ。若いお前にはわからんだろうが、我々エルフが魔族と手を組むなどというのは前代未聞のことなのだよ。先日お前が彼らに助けられたことは理解する……が、それだけで今後の全てを受け入れるというわけにはいかん」

「って、ちょっと待って下さい! そもそも竜鱗を鑑定したのは私なんですよ!? 甲冑に魔素が含まれていたのは本当なんです! それに、魔王軍の力は我々をはるかに上回ります! 彼らが私たちを滅ぼすために、いちいちこんな回りくどい嘘をつく必要がどこにあるんですか!?」

 フィーネは慌てながらも俺たちを擁護してくれる。
 ありがたいことだ。種族の違いを超えて信頼してくれる彼女のような存在は、希有で得がたいものだと思う。
 俺の隣のロゼッタも同じ思いなのだろう、フィーネのそんな様子に微笑を伴って彼女を見やる。
 続いて我らが魔王は、柔らかな声でエルフの男たちへと語りかけた。

「……確かに、我々魔族のことを信じろというのは簡単ではないかもしれません。ですが私は当代の魔王として、多くの異種族の方と友好関係を結びたいと考えています。我々が望むのはあなた方と同じ平和であって、混沌ではないのです。ですからどうか、しがらみや先入観にとらわれず、お互いが歩み寄ることの大切さを……ここで考えていただけないでしょうか」

 普段から物腰丁寧なロゼッタだけど、いつもよりさらに鷹揚なその話し方は、より一層の清らかさと気高さを感じさせた。
 そんな魔王のカリスマ性に、老エルフたちは気圧されたように押し黙る。
 そこで俺は、とどめとばかりに最後の一言を放った。

「……だいたい、魔王軍のトップがこんな辺境にいるってことを、よく考えてもらいたいもんだな」

 数多の将兵を従える魔王が、俺という護衛一人で少数部族との対話に来たという事実。その事実を指摘すると、老エルフたちもことの重大性を再認識したらしく、真剣な顔つきで「うむ……」と唸り声を漏らした。

「しかし……洗脳の真偽にかかわらず、竜鱗が魔法を通さないことは疑いないではないか。そして、君たちも我々と同じく魔法を主として戦うと聞く。どうやってハシュバールの兵たちに対抗するつもりなのかね」

 実を言うと、ハシュバールはすでに先発隊を編成して、エルフの森の目と鼻の先まで迫っていた。
 このままでは、かなりの数の人間が彼らの里に攻め込んでくることになるだろう。
 その侵攻を防ぐためには、森より先の平原地帯でそれを迎え撃つ必要がある。

 そして、先の戦いのように兵たち全員を土壁で覆って蒸し焼きにするなんて芸当は、さすがに平原上では不可能だ。

 ──が、しかし。

「それでしたら問題はありません。ここに控えるクロノ・ディアマットは、私が最も信頼を置いている魔王軍の宿将です。次の戦いにおいては、彼一人でハシュバールの兵を殲滅してもらいます」

 「エルフの方々は、後方に控えていただいて、その様子をご覧になって下さい」──続けてロゼッタがそう言ったところで、族長たちから更なるどよめきが起こった。

「一人で……だと!?」

「だ、大丈夫なのかね」

「だいたい君は……魔王軍でも人間なのだろう? 肉弾戦に長けているようにも見えないが……」

「まあ……問題はないと思いますよ。魔法が通じないなら通じないなりに、やり方はあるので」

 あえて何でもないことのように、俺は彼らに答える。
 エルフたちに信じてもらうためには、ここで魔王軍の強さを示して、信頼できる存在だと思わせる必要があった。
 だからこそ、ロゼッタはそんな大言を吐き、俺一人に戦いを任せると言ったのだ。

 無論、このことは前もって打ち合わせていたことで、いきなり丸投げされたわけじゃない。

 それに、魔法が通じないとわかっていれば──わかっているからこそ、敵をはめる作戦が立てられるというもの。

「ご心配なく。きっと何とかなりますって」

 おののくエルフの族長たちに、俺はそう言って笑って見せたのだった。