フレイヤから連絡が来たのは、十日ほど前のことだった。
彼女の使い魔のフクロウが、森の屋敷に水晶玉を運んで来て、話したがっていると俺に告げる。
その通信用の水晶玉で久しぶりに顔を合わせると、彼女は他の四天王と同じようにこちらに移りたいと言ってきた。
「みんなでそっちで楽しくやっててずるいー。私も引っ越したいー。もう上層部のお守りは嫌なのよー」
わざとらしくすねたような口調で駄々をこねるフレイヤ。ちょっと可愛い。
まあ、来るのは別にいいとして、それならば俺は彼女に頼みたいことがあった。
それは、王都にいる俺以外の人間たちのこと。
氷魔族が味方について、いよいよロゼッタと元帥たちの対立が明確になった今、向こうが俺の弱みとして、人間たちを盾に脅しをかけてくることは容易に想像できた。
なので、フレイヤがこちらへ移住するにあたって、いっしょに彼らを連れて来てもらうことを俺は要請する。
もちろん、元帥たちにバレてはいけないので、あくまで任務の体を取り、内密にという形である。
落ち合う日時を決め、また、追手の恐れも考慮して、合流地点には俺やアストリアも護衛として向かうことにした。
加えて、合流の日までの短い間、俺は人間たちの住居を土魔法で建てることにする。
魔王軍に籍を置く人間は、それなりの数に上る。
俺の屋敷がいくら広くても、全員は入りきらない。
ただ、以前より魔力は高まったとはいえ、その人数分の家を建てるにはさすがに時間が足りなかった。
よって、まずは仮宿ということで、大人数を収容できる避難所的なものを作ることにした。
居住のための土地は、屋敷周辺の草木を伐採することでなんとか場所を確保した。
近いうちに、ちゃんとした職人を呼んで家を建ててもらうつもりなので、どうか今回はこれで勘弁してもらいたい。
そうやって準備を整え、約束の日。
俺とアストリアは、フレイヤたちとの合流地点へ向かう。
元帥側の追手に襲われることもなく、予定通り俺はフレイヤと再会した。
「──クロノ!」
「フレイヤ。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
こちらが軽く手を挙げると、燃えるような赤髪の少女が、笑顔で駆け寄ってくる。
『炎帝』フレイヤ。
女性にしては長身で、赤い瞳と髪の色をした、炎を操る四天王。
活発な感じの、一見どこにでもいるような少女に見えるが、彼女も他の四天王と同じく一騎当千の強さを誇る。
「そっちも変わりないみたいで良かったわ。それと、アストリアも久しぶり。……でも、氷魔族の通告書面を読ませてもらったけど……あなたって女の子だったのねぇ」
フレイヤはそう言って、アストリアの顔をまじまじと眺めた。
「すみません。今まで隠していて」
「ううん、責めてるんじゃないのよ。むしろこれから話題が広がって、楽しみだなって思ってるの。オシャレの話とか、お化粧の話とか……そういう女の子ならではのこと、興味あるでしょ? クラウディアも交えて、今までできなかった分、いっぱいお話しましょうね」
気さくな笑顔を向けるフレイヤに、アストリアは頬を染めてはにかみ、こくりとうなずいた。
「礫帝様、今回はお手間をおかけしまして……どうもありがとうございます」
続いて、移動の際に殿を務めていた、人間の中でもっとも階級の高い兵士が俺に頭を下げる。
「いや、俺の方こそ、下らない権力闘争に巻き込んでしまってすまなかった。けど、ここまで来たら手出しはさせないから。皆のことは俺が責任をもって守るから、安心して欲しい」
俺がそう言うと、彼は胸に染み入ったような表情を見せて敬礼し、他の兵たちも安堵の息を漏らした。
──と、そこで。
彼らが来たのとは別方向、南方の街道の方から、人の叫ぶような声が聞こえてきた。
俺たちは追手かと即座に身構える。
だが、少しばかり様子が違っていた。
それは声の感じからして、すでに争っているような喧騒であり、その中には悲鳴も混じっていた。
「……フレイヤ。うちの兵は全員そろってるんだよな?」
「ええ。私も彼と一緒に最後尾を歩いていたから……脱落者はいないはずよ」
フレイヤも聞こえてくる声に首を傾げながら、怪訝な様子で答える。
「じゃあ、何だ……? 無関係の喧嘩ってことなのか……?」
いまいち状況がつかめないでいると、喧騒はどんどん近づいてきた。
どちらにしろ皆を守る必要があると思い、俺は兵を下がらせて戦闘態勢を取る。
そうして、バサバサと茂みをかき分ける音とともに、飛び出してきたのはエルフの女性たち。
長い耳に、白い肌。
美しい顔立ちの金髪のエルフが十名弱。
彼女たちはこちらを見て、一瞬ぎょっとした表情となる。
だが、走ってきた方向に追手がいるらしく、俺たちの服装から無関係の人間だと理解すると、「助けて下さい!」と駆け寄って来た。
そして、それに続いて、他よりも身分の高そうな装飾品をまとったエルフが遅れて駆けこんでくる。
「あなたたち、何をやってるの! 止まらずに逃げなさいって言ったでしょう!」
同族に叫んだそのエルフの女性の顔を見て、俺は「あっ」と声を上げた。
向こうもこちらに気付いたらしく、お互いの名を呼び合う形になる。
「──クロノ君!?」
「フィーネさん!? 何でこんなところに──」
それはダンジョンでお世話になったエルフの長、フィーネだった。
しかし、俺が続く言葉を言いかけた時、彼女たちが逃げてきた方向から矢が飛んでくる。
矢は木の幹に刺さり、エルフたちから甲高い悲鳴が上がる。
同時に奥から現れたのは、甲冑をまとった人間の男たち。
「──なんだなんだ。人間がいるじゃねえか。どうなってんだ」
「おい、待てよ。どうも様子が変だ。こいつら魔王軍の軍服着てやがるぜ」
(これは──……)
なんとなく、もうその状況だけで察してしまった。
野盗か、敵兵か。
いずれにせよ俺たちは、抜き差しならないトラブルに巻き込まれてしまったようだった。