「氷魔族が公文書で離反を突き付けてきただと!?」

 三元帥の定例会議にて。
 海魔元帥はその報告を聞くと、思わず席を立って叫んだ。

「おお、その通りよ。アストリアを脅した『誰かさん』のせいでな」

「しかも、魔王軍への離反ではないぞ。送られてきた文書は、我々の命令には従わないが、ロゼッタ個人には忠誠を誓うというものだった。海魔元帥よ、そうなったのもおぬしが安易にアストリアを縛ろうとしたからであろう。この責任、どう取るつもりだ」

 先に報告を受けていた空魔元帥と陸魔元帥が、見下す視線とともに彼を責めた。

 普段なら競争相手の失敗を喜ぶ彼らであるが、二人の声に歓喜の色はない。

 何故なら、これまでの経過をあわせ考えれば、その事実はロゼッタが自分たちに手向かう意思を明確にしたことを意味するからである。

 その文書には以下のようなことも書かれていた。
 『魔王陛下は、彼女を支える四天王たちと協力し、今回のようなことが二度と起きぬよう、中央の腐敗を正していく旨をおっしゃられた』と。

 すなわち、三元帥とロゼッタの対立は、もはやどうあっても避けようがないものとなったのである。

「何故だ……。何故こうなった……!?」

 海魔元帥は席に着くと、焦りの色を浮かべて言った。

「理由を考えても貴様の失態がなくなるわけではなかろう。それより重要なのは、次の一手をどうするかであろうが」

 空魔元帥がそれに悪態をつくと、海魔元帥は「何だと!?」と声を荒げた。

「よさんか、二人とも。今はもう我らがいがみ合っている時ではない。失敗の原因究明、今後の対策、ともに協議して、次の策を考えるべきではないのか」

「う、うむ……」

「確かに……そうではあるが……」

 陸魔元帥の言葉に、残りの二人は渋々ながらも口をつぐんだ。

 陸魔元帥はあごに手をやり、続けて言った。

「私が思うに、そもそもの失敗の始まりは、あの礫帝(れきてい)のクロノを追放したことにあると思う。奴を追い出してから、すべてが狂い始めたような気がしてならんのだ」

「……何だと。ではお前は、あの人間に頭を下げて戻って来てもらえとでもいうのか?」

「そうではない、逆だ。今のうちに、奴の泣き所を押さえるべきだと言っているのだ」

 陸魔元帥はそこでニヤリと笑うと、その意味を説明し始めた。

「つまり、奴の大事なもの──奴が守らざるを得ないものをこちらで確保すべきということだ。奴は惰弱な人間の生まれで、この魔王軍には少数ながらも人間の兵士がいる。そこを突くのだ」

「人間……?」

「要するに……人質か」

「そうだ。とはいえ、別に人間どもを実際に捕える必要はない。『我らに従わねば、王都にいる人間がどうなっても良いのか──』、クロノに一言そう言ってやるだけで、奴は身動きが取れなくなるだろう」

「おぉ、なるほど……。同族を押さえるというのは、なかなかの策ではあるな」

「人間どもは下等種族のくせに、仲間意識だけは強いからな。確かにその手なら、かなりの効果を期待できそうだ」

 さらに陸魔元帥は、『失敗の原因』──クロノのことのみならず、それ以外の『今後の対策』についても言及する。

「現在、王都には最後の四天王、『炎帝』フレイヤが常駐している。だが、今までの四天王のように、フレイヤにロゼッタの奪還を命じることはすべきでない。むしろフレイヤが従おうと従うまいと、その身を王都に縛り付け、他の四天王と分断させるのが得策だろう」

「……そうだな。四天王が全員そろわれては厄介だ」

「うむ。奴らが一つになるというその事実だけでも、周囲への影響力は計り知れんからな。打てる手はすべて打っておくに越したことはない」

 空魔元帥、海魔元帥もうなずき合い、彼らは早速フレイヤに適当な命令を下すことで、その身柄を王都に留めようとする。

 そのためにまずは配下の者をやり、フレイヤを会議室に呼びつけようとしたのだが──

「──失礼いたします、閣下。炎帝様をこちらにお呼びせよとのご命令ですが……。あの、炎帝様は三日前から特殊任務とのことで、王都を発っておられます。当任務は、陸魔元帥直々のご命令とお聞きしておりますが……?」

「何? 何を言っている。私はそんな命令など下していないぞ」

「いえ、ですが」

「……いや、待て。それはどういう任務だ。言ってみろ」

「は。あの、何でも、人間の国にスパイを送り込むとかで……。魔王軍内の人間をすべてフレイヤ様が招集されて、ご一緒に発たれたとのことですが……。まずは準備のために礫帝様の村に寄る必要があり、そちらへ向かわれたとか……」

「……な、何だと……?」

「まさかっ……」

「しっ……しまったぁあっ!」

 彼らはそこで、ようやくフレイヤに先を越されたことに気付く。
 考えた策謀が一足遅かったことを知り、空魔元帥、海魔元帥はその場に固まり──陸魔元帥はひときわ大きな声を上げたのだった。