「アストリア! お前、何を──!」
避けるのに精いっぱいで、最後まで言えなかった。
アストリアは息もつかせぬ剣閃を繰り出し、俺に攻撃を加えてくる。
俺はとっさに左へ跳躍してそれをかわす。
その方向は庭先。本当は後ろに避けたかったが、屋敷の中に逃げ込むわけにはいかない。
襲って来た理由はわからないが、とにかく彼をロゼッタたちに会わせるのはまずいと思った。
邸内には幼いドロシーもいるのだ。
たとえ無関係だったとしても、何かのはずみで危害が及ばないとも限らない。
ありがたいことに、俺が逃げる方向へとアストリアは追ってきてくれた。
周囲への心配はなくなったが、それでも彼の剣筋は気を抜けない。
庭の草木が刈られ、花が舞う。
俺は土魔法で壁を生成し、盾を作る。
が、アストリアはそれをバターでも切り裂くように、軽々と両断してしまった。
「やめろ、アストリア! どうしたんだ!」
俺は柔らかい土くれを彼の足もとに発射する。
傷つけたくはない。少なくとも、理由がわかるまでは強い攻撃を仕掛けたくはなかった。
しかし、アストリアは見事な足さばきでそれらをすべてかわすと、大きく飛び上がって剣を俺に降り下ろしてきた。
(いや、一拍遅い……! これなら俺のカウンターが先に入る!)
黒曜石で出来た剣を瞬時に生成し、彼に向ける。
だが、その時、ふと気付く。
──おかしい。
仮にも四天王であるアストリアが、こんなに簡単に対処可能な攻撃をしてくるものか?
人間の俺と違って、彼の身体能力は並外れている。
それなのに、まだ俺は彼の剣を一撃も食らっていない。
不可解だ。
アストリアの身体が重力とともにこちらに落ちてくる。
その時、逆光だったが、確かに見えた。
彼の目に、涙が浮かんでいるところを。
(泣いてる……?)
そう思った俺は、とっさに剣を投げ捨てて前に踏み込んだ。
アストリアが剣を振る前に、彼を抱き留める形になる。
俺に触れた瞬間、彼の身体は力が抜けていた。
しなだれかかるアストリアに、俺は叫ぶ。
「お前──わざと俺に斬られるつもりだったな!」
「ごめんなさい……クロノさん、ごめんなさい……!」
謝った直後、アストリアは嗚咽を漏らしてその場に崩れ落ちた。
▽
俺はアストリアを邸内に入れて、ダイニングのソファーに座らせた。
ロゼッタにも事情を話し、その場に同席してもらうことにする。
クラウディアは別室でドロシーを見ている。また先日の諜報部員のようなことがあっては困るからだ。
「それじゃあ、最初からわけを話してもらいましょうか」
ロゼッタは、少しだけ怒気を含めた口調で言った。
どうも彼女は、アストリアに敵意がないことを承知したうえで、俺に剣が向けられたことを怒っているらしい。
まあ、自分の配下──つまりは自分に弓引いたようなものだから当然か。
アストリアもそこは受け入れているらしく、ロゼッタの命に従い、素直に襲撃の理由を話し始めた。
「一言で言ってしまえば……これは海魔元帥の命令なんです」
アストリアは絞り出すように言葉を述べると、唇を噛んだ。
つまるところ、クラウディアの時と同じというわけだ。
こちらの意向にかかわりなく、ロゼッタを王都へと連れ戻すための元帥たちの目論見。
とはいえ、彼らの手の者を向かわせても説得の効果は薄いため、やはりクラウディア同様、四天王であるアストリアをここに遣わしたのだという。
また、今回は可能であるなら俺をも斬り殺して来いと海魔元帥は命じたらしい。
諜報機関のデーニッツが倒されたこともあって、少なくとも人間である俺は、彼らの敵とみなされてしまったようだった。
ただ、今回の問題点はそこではなかった。
元帥たちの思惑はわかる。
わからないのは、どうしてアストリアが先刻のような強硬手段に出たかということだ。
同じ四天王として、これまでともに戦ってきた氷帝アストリア。
彼が元帥たちの横暴なやり方に賛同するとは思えず、また、実力からして無理矢理従わされるとも思えない。
それに、さっきはわざと俺に斬られようとした。
つまり、表向きは命令に従った振りをしたうえで、自ら死を選ぶほど、元帥たちに逆らえない何かが彼にはあるということ。
けれど、そのことを追及すると、彼は口ごもってしまう。
付き合いは長いが、すべてを知ってるわけじゃない。
無理矢理口を割らせるわけにもいかず、俺とロゼッタはどうしたものかと顔を見合わせた。
──と、そこで、俺はふと思い出す。
先刻、アストリアを止めた時のこと。
彼を抱き留めた時、ちょっとした違和感があった。
あまりこんなことを問いただすものじゃないと頭の片隅に追いやっていたのだが、もしやと思い、俺は彼に問う。
「アストリア。それって……もしかして、お前が女であることと、何か関係があるのか」
アストリアは俺の言葉を聞き、ぎょっとしたように目を見開く。
ロゼッタも驚いて俺を見る。
確信があったわけじゃない。
ただ、その胸元に触れた時、女性のように柔らかい感触があった。
俺も彼は男だと聞かされていたのだが……もしやと思い、カマをかけてみることにしたのだ。
果たしてその予想は当たったらしく、アストリアはこくりと首を縦に振る。
彼は──否、彼女は、俺たちに話し始めた。
これまで種族の掟ゆえに男として振舞い続けていたこと、そして、その秘密を知った海魔元帥が、彼女に脅しをかけてきたことを。