おばあちゃんが言っていた。
「昔はね。相手の視線や、表情ですぐにね。わかったの」
おばあちゃんが言っていた言葉を、私はずっと嘘だと思っていた。いや嘘ではないにしても、そんな難しいことをしていたのかと、衝撃を受けたことは、確かだった。
私の半信半疑の顔が、きっとおばあちゃんには本当に切なく見えたのだろう。おばあちゃんは、小さかった私の頭をそっと撫で、そして凄く優しく呟いた。
「あ、この人、私の事好きだって、ね。」
確かに、嘘では無さそうだと、幼い私はおばあちゃんで確信したのだった。
そんな思い出。そんな思い出が、今、思い起こされる。彼と出会ってしまったせいで、私はずっとおばあちゃんの言葉を忘れられないでいた。彼は酷く震えた手を私の肩に乗せ、真に迫る表情で私に言葉を投げていた。
彼はたくさんの愛を受けてきたから、鈍感になっているのだ。こんなにも私が愛しているのに、こんなにも愛していると表現しているのに、自身の”ラブマップ”に私が表示されないから、こんな風に戸惑いを隠せないのだ。
「なぁ、俺の事、本当に嫌いになったの」
彼は私の顔を覗き込んで、懇願するように問うた。震える手に、自信の無い声色。いつもの彼とは似ても似つかない様子に、私は衝動的にこれからしようとしていることを辞めたくなった。けれど、彼を愛しているのなら、やらなければいけない。
「……そうだから、ラブマップから消えたんでしょ。」
その言葉を境に、彼の体温がそっと離れた。
ぽたぽたと落ちる雫。その雫は、頬をつたい、そして地面に落ちた。眉間にぎゅっとシワを寄せるものだから、目頭も赤くなってしまっている。
私は非情にならなければいけない。自分が生き残るためにも。彼の名誉のためにも。この狭い学校という世界の中での、生き残りにかけて、私は非情にならなければいけないのだ。いつか大人になった時、他に方法が思いつくかもしれない。けれど、今できる最善策はこれしか無かったのだ。そんなことを自身に言い聞かせ、そして私は最後の言葉を言う決意を固めた。
「もう二度と、私はあなたのラブマップに現れないよ。」
「でも」
「だから、さ」
さようなら。私の言葉は、彼に食べられてしまった。いや、食べられるなんて表現は、適切では無い。ついばまれた。それくらいだ。
親鳥からエサを貰うために、くちばしを付けた小鳥のようなキスを、酷くやさしいキスを彼は何度か私にした。
非情な私はとんっと、彼の肩を押して距離をとる。
どんな表情で彼に言えば、適切だろうか。どんな声色で彼に言えば適切だろうか。何度も何度もイメージトレーニングをした。けれど、正解が見つからなかった。だから、私が今から行うことは不正解かもしれない。けれど、きっと今できる最善策だ。
私は酷く困った顔をして、そして、彼に微笑みかけた。彼は私の表情をみて、固まってしまった。彼はこの表情の意味を知っているのだ。だから、彼は何も言わなかった。否、何も言えなかった。
私はその後、できるだけ表情を殺して、そして平坦な声色で呟こうと努める。
「さようなら」
これは私の愛のカタチ。
私は彼を置いて、歩き始めた。遠くで彼が私に呼びかけているが、私は止まれなかった。だって、愛の終着点を見失ってしまっているのだから。
確かに愛した人を置いて、私は彷徨うのだ。