「ただいまー」

「おかえり、巫寿」


かチャリとドアを開けて中へ入れば、すかさず奥から返事が返って来た。

台所からひょこりと顔を出したその人に笑みを浮かべる。


「玉じい、遅くなってごめんね。夕飯の準備、すぐ手伝う」


この人は、私とお兄ちゃんが住んでいるアパートの下の階の住人、津々楽(つづら)玉嘉(たまよし)さんだ。玉じいと呼んでいる。

私がまだ小学生だった頃、お兄ちゃんの帰りが遅い日は玉じいの部屋で過ごさせてもらったり、晩御飯をご馳走になったりと、兄妹そろってとてもお世話になっている人だ。


「いい、いい。それよりも早く手を洗って、そいつの相手をしてやれ」

「そいつ?」


首を傾げながら靴を脱ぐと、居間の襖がすっと開いた。

廊下に出てきた人に「あっ」と声を上げる。



禄輪(ろくりん)さん!」


彫りの深い顔立ちで肩より少し上くらいまで伸びた波打つ長髪に優しげな垂れ目。

あごひげに隠れた薄い唇がすっと弧を描いた。



「おかえり巫寿。もう逢魔ヶ刻だぞ、もう少し早く帰ってきなさい」


パタパタと駆け寄りながら、ごめんなさいと肩を竦め舌を出す。