「でもね────」
伸ばした手が私の顎を掴んだ。長い爪が頬に刺さる。
芽さんは顔を寄せて私の顔をのぞき込む。まるで闇の底を覗いているよう何も映さない目だった。
「でも、俺は君に絶望して欲しいんだ。悲しくて辛くて怖くてひとりぼっち。希望も夢の未来もない。やがてどんどん己の中の呪が増幅して、負の感情に支配される……そうなった君は、とても弱い」
す、と手が離れた。
足の力が抜けたかのように、へなへなとその場に座り込む。
芽さんはまた人のいい笑みを浮かべると私たちを見回した。
「それじゃ、俺はそろそろこの辺で。また会おうね」
反橋の下から抜けた芽さんはふわりとその場で飛び跳ねる。体が見えなくなって、しかし一向に着地してくる影はなく、橋の下を飛び出した亀世さんが当たりを見回し首を振った。
「逃げられた。見当たらん」
「そんな……」
皆は戸惑いを隠せずにお互いのお互いに顔を見合せた。
「おーい……誰でもいいから手貸して。多分アバラの骨やってる」
苦しげな声に皆は我に返って薫先生に駆け寄った。
亀世さんが薫先生の白衣を脱がせて肌にそっと触れる。
「……二本だな。折れてはない、ヒビだ。折った方が治りは早いが」
そう言って拳を振り上げた亀世さんに、薫先生はすかさずその手を掴む。
「あははっ、本人の了承得る前に折ろうとするのやめてくれる? 物騒だな」
「善意だよ」
鶴吉さんと亀世さんが、薫先生の両脇を支えて立ち上がらせた。