けれど曲がかかって舞が始まれば、余計なことは何も考えられなくなった。

全身の神経に意識をめぐらせて、自分の踊りと聖仁さんの動きにだけ集中する。



「────巫寿ちゃん」


二人で手を取り合うパートで聖仁さんが小さく私の名前を呼んだ。

返事する余裕はなくて目だけ向ける。


「笑って。顔強ばってるよ」

「そ、そんな余裕ないです……っ」


私の泣き言に聖仁さんはぷっと吹き出した。


「観月祭は、月を楽しむお祭りだよ。せっかく綺麗な満月なんだから」


そう言われて、思えば観月祭(つきをみるまつり)なのに、今日は一度も空を見上げていないことに気が付いた。

振り付けや立ち位置、聖仁さんの動きにばかり気を取られて、大事な事を忘れていた。


私は月に魅入られ月を目指す兎の役、なのに一度も見上げないなんて。



聖仁さんのソロパートが始まって、少し余裕が出てきたので隅に移動したタイミングでそっと顔を上げた。

途端、白い光が顔に降り注ぎ堪らず目を細めた。



「……!」



思わず声が出そうになって慌てて口を結んだ。

反橋のちょうど真上、私たちを見守るようにそこにいた。手を伸ばせば届きそうなほど近く、息を飲むほどに大きく、どこも欠けることなく丸く、悠然とまろい光でこの夜を照らした。