月兎の舞は名前の通り、月にまつわる兎の話がテーマになった演舞だ。

地上に住んでいた二匹の夫婦兎が月に魅入られて月影を頼りに月を目指す、そんな話だ。

飛び跳ねたり軽やかな足さばきの多い振り付けで、兎が仲良くじゃれある様子を表現しているんだとか。

曲は雅楽器の(そう)のみで演奏され、まるで「竹取物語」のかぐや姫が月へ帰っていく時に流れていそうな荘厳で雅な美しいメロディーだ。


曲が始まって最初は聖仁さんの振り付け。雄兎役がぴょんとその場で飛び跳ねて、月兎の舞は始まる。

トン、と足の裏に振動を感じて私もゆっくりと踊り出す。



……うん、大丈夫。聖仁さんの言った通り、体はちゃんと覚えてる。

富宇先生に注意されたところ、聖仁さんと確認し合ったところ。一つ一つ思い出さなくとも、体は勝手に動いた。


正直、反橋の上にあがった瞬間は頭が真っ白になって心臓が爆発するかと思った。

橋の下に設けられた川辺の客席から沢山の人が私たちを見上げていて、膝はがくがく震えるし頭の中は真っ白になった。

普段からそこまで緊張するような性格ではないし神話舞でもそこまであかったりはしなかったのだけれど、


『いいですか。貴女が急遽代理を任されたことは、来賓の方々はご存知ない。学生ではありますが、代表としてあそこに立つことを自覚して舞いなさい』


開式の儀が終わったあと、庭園へ移動している時に本庁の人に呼び止められて言われたこの言葉もあって冷や汗が止まらなかった。