あの人が戻ってくることはないと薫先生は断言していた。
残穢を吸い込んでしまった私たちですら全回復するのに三ヶ月近くかかったんだ。あの人が吸い込んだ残穢は遥かに私たちよりも多い。最後に見た姿は、どす黒く染った肌とピクリとも動かない指先だった。
あれからどうなったのかは誰も知らないし、聞こうともしなかった。知ったところで私たちに、出来ることはない。
狭い本棚の通路を通り抜けながら、左右の棚の間を見て回る。
漢方学の棚に差し掛かって、探していた姿を見つける。その両隣にもう二つ人影があって目を瞬かせた。
「お、来たな。すまん、巫寿の連絡先を知らなかったから、勝手にこいつのから送った」
聖仁さんのスマホを軽く掲げたのは小柄な女の人だった。
細長い長方形の眼鏡の奥にあるツリ目がちな下三白眼。閉じているだけなら不機嫌そうに見えるへの字口の口角をにやりとあげて笑うその顔には見覚えがあった。
「漢方薬学部の……亀世さん?」
「お、よく覚えてんな。飛鳥馬亀世、高等部の二年だ。よろしくな」
差し出された手を握る。
なるほど、ということはあのメッセージを送ったのは聖仁さんではなく亀世さんだったのか。
「なんだ、二人とも知り合いだったのか?」
亀世さんのさらに奥からひょこっと現れた同じ顔に目を見開く。
亀世先輩よりも一回り大きい体に低い声、顔のパーツは全く同じだけど全体の雰囲気はどちらかと言うと人懐っこい。