薫先生が間に合わなかったら? お兄ちゃんの祝詞が上手く動かなかったら?

またあんな酷い怪我を負うかもしれない。もっと酷いことになるかもしれない。


なんのために私は神修で学んできたんだ。大切な人を守るために、必死になって勉強してきたんじゃないのか。

今こそその時なんじゃないのか。


ぐっと歯を食いしばって嘉正くんの手を振り払った。

巫寿!と私の名前を呼ぶ声を無視して走り出す。


自分を奮い立たせるような強い柏手を二度打った。


「巫寿!? ダメだ、来るな!」


今ここで逃げたらきっとまた後悔する。

自分の弱さに、自分の未熟さに。


そして二度と神修には戻れなくなるような気がした。


「掛けまくも畏き伊邪那岐(いざなぎ)大神(おおかみ) 筑紫(つくし)日向(ひむか)(たちばな)小戸(おど)阿波岐原(あわぎはら)に……」


お兄ちゃんの前にとび出た。

迫り来る牛鬼の鋭い足に一瞬喉の奥が震える。


自分の中で高まっていた言祝ぎの力が僅かに揺るぎ、集中しようと目を閉じた。


(みそ)ぎ祓へ給ひし時に ()()せる祓へ戸の大神たち 諸々の禍事(まがごと)(つみ)(けが)れあらむをば 祓へ給ひ清め給へと(もう)すことを聞こし()せと (かしこ)(かしこ)みも(もう)す……!」