────うち、元は小さな医院だったんです。先々代の院長先生が建てたんですけど、今はもう使われてなくて先々代の意向でそのままの形で残してたんですね。でも今の医院長になって改装して新しい病棟を建てることになって。ひと月前から工事が始まったんですけど怪我人病人がそれはもう沢山出てしまいには怪奇現象。ほら、うちって病院じゃないですか。だから、多分この世に未練がある患者さんたちが……ほら、ねぇ?


広報担当と名乗った気の弱そうなメガネの男性はしきりに額の汗を拭いながらそう言った。


────このままじゃ工事が進まないって院長先生がかなりお怒りで……。とにかく何かやらないと僕のクビが……とにかくよろしくお願いします。



ペコペコと頭を下げて私たちに院内の鍵を私た男の人はそそくさと事務室へ戻って行った。

早速その話が上がった取り壊しが決まっている病院へ向かう。



「病院だからやっぱりいるねぇ」


薫先生が「こんばんは〜良い月夜ですね〜」と呑気に手を振りながらそう言う。

怖々とその方へ目を向けてみたけれど、私には壁に着いた黒い靄のようなシミが見えるだけでよく分からなかった。


「嘉正くん……嘉正くんには幽霊が見える?」

「うん、見えてるよ。巫寿にも見えてるはずだよ、あのシミみたいな靄」

「えっ、あの靄が幽霊なの?」

「うん。幽霊ってよく死んだ人の姿形そのままで描かれることが多いけど、それは生前のその人の姿を知っているからそう見えるだけなんだ。申し訳ないけど俺らはあの人達のことを知らないから、壁のシミみたいにしか見えないだけだよ」


壁に張り付いたシミなのだと思っていつも通りすぎていた。