お兄ちゃんだって忘れるはずがないんだ。

私は三歳でその頃の記憶はほとんどない。でもお兄ちゃんは六歳だった。ちょうど物心着く頃だろう。

忘れたくても忘れられるはずがない────お父さんとお母さんが目の前で襲われる光景を。


「嘘、つかないで」

「ほんとに俺は大丈夫だから」


大丈夫な人がこんなに震えるはずがない。大丈夫な人が何年も夢に魘されるはずがない。

大丈夫な人がこんなに今にも泣き出しそうな顔をするはずがないんだ。


一体どれほどの荷物を背負って、私を守ってきてくれたんだろう。これまでにどれほどの辛いことを一人で抱え込んでいたんだろう。


両手を回しても届かなかったはずの背中は、いつのまに私と少ししか変わらない大きさになっていたんだろう。


握りしめたお兄ちゃんの手を額に当てた。


自分で選んだ道、目指したい背中もあった。正直今この瞬間ですら、その選択を選ぶことに迷いがある。

諦めたくない、まだもう少し頑張りたい。


でもその選択が、私のたった一人の家族を悲しませることになるなら。何十年と苦しめることになるのなら。


「お兄ちゃん、私……学校辞めるね」


声が震える。涙が出そうだ。


でも私が泣けばお兄ちゃんは持った悲しい顔をする。もっと苦しむことになる。

そうならないように選んだ道なんだ。だから、泣くな。