お兄ちゃんの病室に着くと、薄緑色の仕切りカーテンは締め切られていた。

そっと顔をのぞかせると、横になってすうすうと寝息を立てている。


顔を合わせるには少し気まずかったので、お兄ちゃんには申し訳ないけれどちょっとだけ安心する。


頼まれた小説はサイドテーブルにおいて、小棚に新しいパジャマを仕舞う。

花瓶の水が減っていたのに気付いて手を伸ばしたその時、



「────母、さん」



お兄ちゃんの声が聞こえてはっと振り返る。

けれどお兄ちゃんは変わらず眠っており、寝言かな、と息を吐いた。



「父……さん、ダメ……行かないで」



眉根を寄せたお兄ちゃんが苦しげにそう零した。


「母さん、逃げて……」


ばくん、と心臓が大きく波打つ。



「やめろ、やめろッ……」


きつく閉じられた双眸から大粒の涙が頬を伝った。

何かを求めるように必死に手を伸ばす。咄嗟にその手を強く掴んだ。

可哀想な程に震えている。まるで氷のように冷たかった。



「助けて、誰かッ……」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……! 起きて!」