『リア』は私の以前のSNSでのハンドルネームだ。本名から捩っただけの、捻りのない名前。
 けれど芽依美はあだ名のようだと気に入って、リアルでもたまに私のことをそう呼んでいた。
 その声がありありと聞こえた気がして、動揺しながらも私は簡単に返事をする。

『……メイミって、あのメイミ?』
『うん、わたしだよ! 久しぶり』

 すぐに来た返事に、私は戸惑う。だって芽依美は死んだのだ。こんな風にSNSで話せるわけがない。
 悪質ななりすまし、生前登録した自動で返事をするbot、親族の誰か。
 様々な想像をして、一旦私は返事をせずに、そのアカウントの呟きを確認することにした。

『夏休み、いいなあ。わたしもリアちゃんと遊びたかった』

 そんなつい最近投稿された呟き。知らない場所で私の名前が出ていることにぎょっとして、なんとなく落ち着かない気持ちになる。
 そのまま過去の呟きを遡ると、他にもありふれた高校から大学の日常……つまり芽依美が死んでからのことばかり書かれていた。

『定期考査期間は早く帰れることだけが利点!』
『受験かぁ、リアちゃんはどこ志望なんだろ』
『大学入学おめでとう!』
『セリちゃんはゲーム得意でうらやましい。わたしじゃリアちゃんと対戦とか出来ないもんな』

「何なの、これ……」

 少なくとも、登録されているメールアドレスは正しい。もしかすると乗っ取りかも知れないと思い付くけれど、何気ない学生の呟きだけのアカウントにそのメリットも見出だせない。何しろフォローもフォロワーも居ないのだ。
 それに、なりすましにしては質が悪いし、いくらなんでもこちらの事情を知りすぎている。

「じゃあ、やっぱり本当に芽依美が更新してる? でも、芽依美はもう……」
『おーい、リアちゃん?』
「!」

 返事を保留にしていると、芽依美から追加メッセージとフォローの通知が届く。思わずタップして、すぐに既読を付けてしまい焦った私は、何か当たり障りのない返事をしようとした。

『えっと、久しぶり。元気だった?』

 既に死んでいるのに、元気も何もない。送ってから後悔したけれど、芽依美はすぐに返事をくれた。

『元気元気! リアちゃんと久しぶりに話せて嬉しいなぁ。『May who』って楽しくてね、見てるだけでもおすすめなの!』
『……元気ならよかった。そうなんだ、あとで他の人のも見てみるね。芹菜のアカウントとかもあるかな?』
『セリちゃんはやってないよー! あ、今リアちゃんのことフォローしておいたから、これからよろしくね!』

 違和感のない会話に、自動返信の類いではないと感じる。芹菜への呼び方だって、生前の彼女そのものだ。

 そうなると、いっそ共通の知り合いや親族が、芽依美が生きている体でSNSの更新を続けているのかとも思えてきた。
 芽依美が亡くなったことを認めたくない家族や、せめて電子の海で生きていて欲しいという願いから、生前の彼女を演じている可能性もなくはない。

『ありがとう、フォロー返しておくね。これからよろしく』

 答えが出ないまま、一応フォローを返し、会話を畳み改めてメイミのアカウントの投稿を遡る。
 彼女の最初の投稿は、一年以上前。高三の春に芽依美が事故で亡くなった日のものだ。

『右も左もわからない初心者です、よろしくお願いします!』

 そんな当たり障りのない挨拶は、新しい場所での初投稿ならわからなくもない。
 けれど、さすがに亡くなった当日に死者のアカウントを作るなんて、親族なら絶対にしないだろう。

 うんうんと考えてみるけれど、夕方近くの地獄のような暑さに思考が纏まらない。冷蔵庫から何か冷たいものでも探そうと立ち上がり、ふとつけっぱなしのテレビから流れてきた話題に、はっとする。

「……あ。近頃流行りのAI、とか?」

 なるほど。そうだ、AI。芽依美のデータをインプットしたAIの可能性だってある。それなら設定がしっかりしているのも頷けるし、確立した人格として自動で呟いたり会話したりも可能だろう。
 彼女の親族や知り合いが、彼女を人工知能として蘇らせようとした、とか。うん。十分あり得る。

 私は彼女が誰かにデータをインプットされたAIであると想定して、私達しか知らない問いをしてみることにした。

『ねえ、メイミ。私の秘密って、覚えてる?』

 私の秘密は、中学の時好きだった先生をモデルに、自分との恋愛小説を書いていたこと。
 どう考えても黒歴史で、芽依美に偶然知られた時にはこの世の終わりかと思った。
 今でも当時の水色の表紙のノートは、厳重に鍵付きの引き出しの奥にしまっている。

『秘密? うん、もちろん! 覚えてるよー』

 もし答えられたら自分にもダメージの来る質問だったが、芽依美からの当たり障りのない反応に、やはりAIではないかという仮説が強まる。
 それはそうだ。このことを知っているのは、私と芽依美だけ。他にも知る人物が居るなら、シンプルに死ぬ。私が。羞恥で。

 けれど芽依美経由でもこの秘密は誰にももれていない。そして、この対話相手はAI。そんな安心感から一息吐いた次の瞬間、その想定は覆された。

『リアちゃんが、わたしのお気に入りのペン持ってっちゃったことだよね?』
「!?」

 予想外の返答に、私は固まる。
 一瞬何のことかと思ったけれど、芽依美とペンという組み合わせに、すぐに思い出した。
 確かに小学生の頃、当時流行りだったキラキラペンを箱買いしたのだと芽依美に自慢されて、悔しくて彼女のペンケースから一本だけ盗んでしまったことがある。

 持って帰ったその時は、キラキラペンが自分の物になった喜びと共に、学校になんて持っていく芽依美が悪いのだと責任転嫁した。

 けれどその夜、布団に入ると罪がバレた時を想像して恐怖し、良心の呵責に苛まれて、後日こっそりペンケースに戻しておいたのだ。

 芽依美は、ペンがなくなったことも、出てきたことも、何も言わなかった。だからバレずに終わったこととして記憶の奥底にしまいこんでいたのに。まさか、全部気付いていたなんて。

「……」
『あれ、リアちゃん? 大丈夫だよ、昔のことだもん。わたし、ちっとも怒ってないから!』
『……えっと、あの時は、ごめんね。ペン、羨ましかったの』
『リアちゃんの好きな水色だったもんね。中学の時使ってた小説のノートも水色だったし』
「……!」
『ペンはすぐ返してくれたし、インクも減ってなかったし、本当に気にしてないよ!』

 本当に気にしていないなら、何年も経ってからこんな風にすぐに話題に出せたりしない。インクの残量なんて、覚えていないだろうに。
 こんな風に、本心を隠してにこにことする性質も、やっぱり本物だ。彼女は乗っ取りでもなりすましでもAIでもなく、本物の芽依美なのだ。


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