「クリム、傷薬の錬成終わったよ」
「わかった。それじゃあこっちの武器錬成の依頼、ちょっともらってくれるかな」
ババロアの襲撃があったあの日から一週間。
無事に仲直りもできた私たちは、王国騎士団のために変わらず傷薬と武器の錬成をしていた。
素材を採取しに行き、その素材を使って傷薬と武器を錬成する。
本格的に魔物領域への侵攻を開始した騎士団は、ますます消耗が激しくなってきたようで、依頼の数も日に日に増えていた。
それでも二人で手分けしてやれば、こなせないこともない仕事量なので、私たちは協力して依頼を捌いていた。
「やあやあ二人とも、今日もなんだか忙しそうだね」
そんな折に、近衛師団の師団長のムースさんがアトリエにやって来た。
忙しなく動き回る私たちとは違い、ムースさんはお気楽な様子で笑みを浮かべている。
クリムが目を細めてムースさんの顔を見ると、彼は申し訳なさそうに手を合わせた。
「そんな目で見ないでよ。俺だってちゃんと仕事をしてから来てるんだから。それにここしばらくは忙しくて、二人の顔をまともに見られてなかったし」
だから久々にアトリエに遊びに来てくれたのだという。
確かにムースさんは最近、ここに来ることがまったくなかった。
近衛師団の具体的な仕事内容は把握していないけれど、どうやら最近はそれなりに忙しいらしい。
それでようやく暇を見つけて遊びに来られたようで、ムースさんは嬉しそうにしていた。
あとついでに、私宛ての依頼も届けに来てくれたようだ。
お礼を言ってそれを受け取ると、ムースさんはその時に私に問いかけてきた。
「そういえばショコラちゃん、品評会への招待を断ったんだって?」
「はい。また別の機会に出展しようかなと」
「もったいないなぁ。錬成師ギルドの人たちもかなり期待してたみたいなのに」
そうだったんだ。
クリムの手伝いばかりをしていて、錬成師ギルドには顔を出せていないから知らなかった。
今ムースさんが言ったように、私は品評会へは出展しない。
アトリエを開くというお母さんの夢を代わりに叶えてあげるために、ギルドに実力を認めてもらう必要があるけれど、私は今回の品評会は見送ることにしたのだ。
期待してくれていた人たちもいたみたいだけれど、もう決めたことだから。
「まあ正直俺たち王国騎士からすれば、ショコラちゃんにはまだ働いてほしいと思ってたから、こうしてクリム君のアトリエに残ってくれることになって安心してるよ。ショコラちゃんの作ってくれるもの、毎回面白くて笑わせてもらってるし」
「笑いを取るために手伝いをしてるわけじゃないんですけど……」
確かに私が錬成したものは、クリムのものと比べてかなり異質だからね。
採取した素材に規格外の性質を宿す力を持っていて、私はそれを使って特異な錬成物を生み出している。
それを面白がって依頼を出してくれる冒険者が多く、同じように騎士団の人たちにも気に入られているみたいだ。
「またこんなに依頼もらって……」
クリムが私宛ての錬成依頼を見て、呆れた顔で忠告してきた。
「引き受けるのは勝手だけどさ、何でもかんでも受け入れてたら本来の仕事に手が回らなくなるかもしれないよ。倒れられたらこっちが困るんだから」
「ご、ごめんごめん」
私も見境なく依頼を引き受け過ぎているのではと最近思うようになってきた。
クリムの言う通り、さすがにそろそろ自重しよう。
と、そんなやり取りを傍らで見守っていたムースさんが、唐突に訝しい目を向けてきた。
「あれあれぇ? なんか二人ともいい感じになってない? 前よりも仲が良くなってるような……」
「えっ? そ、そうですか……?」
「……ムースさんの勘違いじゃないですか」
私とクリムは目配せをして、無言の意思疎通をする。
下手なことは言わないようにと。
するとムースさんはそれ以上の言及はしてこずに、意味ありげな視線だけを私たちの方に向けてきた。
「なるほどなるほど、よーくわかったよ。とりあえず二人がこうして、仲良くアトリエをやってくれればそれでいいから。それ以上のことは望まないよ」
いったいどういう意味の台詞だろう?
そう不思議に思ったが、ムースさんは最後に『邪魔者は退散するね』と言い残してアトリエを去って行った。
サボりに来たんじゃなかったのかな?
再びクリムと二人きりになり、お互いに抱えている仕事に集中することにする。
しばらく黙々と錬成作業をすると、お昼休憩の時間になり、クリムが食堂からサンドイッチを持って来てくれた。
一旦錬成作業を止めてご飯を食べ始めると、そのタイミングでクリムが問いかけてくる。
「でも、本当によかったの?」
「んっ、何が?」
「品評会への参加を見送って。次回の開催は一年後らしいし、ショコラとしては早く自分のアトリエを開きたかったんじゃないの?」
「あぁ……」
先ほどのムースさんとの会話を聞いていて、クリムは改めて疑問に思ったようだった。
「まあ、それが私の夢で、お母さんの夢でもあるからね。そもそもクリムのアトリエに手伝いに来たのも、品評会への参加資格を得るためだったし。でも……」
私は品評会への出展を断った理由を、今一度クリムに話した。
「クリムのアトリエの手伝いをまだしたいと思ったからさ。今手伝いを辞めるのは、なんか途中で投げ出したみたいな感じがして嫌だったし」
「別にそんなことはないと思うけど」
クリムがそう思っても、私はそんな感じがしたのだ。
それに私が抜けた分、クリムが苦労を強いられることになるのは目に見えていたし。
お互いにお母さんのためにアトリエを盛り上げようとしているのだから、この際協力して目標に突き進んだ方がいいと思っただけだ。
そしてもう一つ。
「それに私は、もう一つ新しい目的を見つけたから」
「へぇ、そうなんだ。それってどんな?」
「秘密」
なんだよそれ、とクリムはサンドイッチを齧りながらささやかな笑みを浮かべた。
もう一つの理由は、気恥ずかしいのであまり言いたくない。
お母さんがすごい錬成師だったってことをみんなに伝えたいのもそうだけど、私自身が錬成師として成長したい気持ちもあるのだ。
そのためにはクリムのアトリエにいるのが一番だと思った。
この天才を、一番近くで見続けることができるから。
クリムという圧倒的な才能から、錬成師としての糧を吸収できると思ったから。
まだまだ私は、彼から学ばなければならないことが多い。
最終的にはクリムに並ぶくらいの、凄腕の錬成師になりたいと思った。
まあ、こんな恥ずかしいこと、本人に直接は言えないよね。
だから秘密にさせてもらった。
私がクリムのアトリエに残った理由は以上となる。
あっ、いや、あともう一つだけあったか。
「……」
私はこっそりとクリムの横顔を窺う。
こっちの理由は、ますます本人には言いづらいこと。
心の声で語るのも憚られるくらい恥ずかしい。
せっかくこうして仲直り、というか、長年のわだかまりを解消できたんだから、もう少しだけ一緒にいたいと思ってしまったのだ。
お母さんのためという、同じ目的を持っていることもわかったし、前以上に仲良くできる可能性もあると思ったから。
いわばこれは、絶縁していたせいで失われてしまった時間のやり直しだ。
「んっ、何?」
「えっ!? いや、別に……」
横目に窺っていたことを悟られて、私は咄嗟に目を逸らす。
そしてそれを誤魔化すように慌てながら返した。
「と、とにかくまあ、しばらくはクリムのアトリエでお手伝いしてあげるよ。そんなに急いでるわけでもないし、たった一年待つくらい今さらどうってことないしさ」
「ショコラがそう決めたならそれでいいと思うよ」
「それにほら、私の傷薬と武器を求めてる王国騎士さんたちもたくさんいることだし、私がいなくなったら困るでしょ」
「まだ僕の方が錬成技術は上なんだから、あんまり調子に乗らないこと」
「……はーい」
と、そんな形で私は、引き続きクリムのアトリエで手伝いをすることになった。
「そういうわけだから、もうしばらくここでお世話になるね、クリム」
「こちらこそよろしく頼むよ、ショコラ」
ここからが本当の、錬成師ショコラの始まりの物語だと言えるだろう。