お母さんとの秘密の関係について、クリムは話してくれた。
色々と衝撃的なことを聞いて、私はひどく混乱している。
まさかクリムが、お母さんから錬成術を習っていたなんて。
それも私と仲直りするために修行をしていたなんて、まるで知らなかった。
それなのに私は……
「ご、ごめん……わたし……」
クリムにひどいことを言ってしまった。
お母さんと長い時間を過ごして、たくさんの思い出があるはずなのに……
『関係ない奴が割り込んでこないでよ』
勝手に無関係だと思い込んで、嫌がらせでお墓参りを邪魔されたのだと思って……
『お母さんのこと、なんにも知らないくせに!』
お母さんがいなくなった悲しさを、八つ当たりのようにぶつけてしまった。
本当に何も知らなかったのは、私の方じゃないか。
「クリムにひどいこと……言っちゃった……」
クリムがこの長年、ずっと怒っていたのも納得できる。
私に謝りたくないと思っていたのも当然だ。
錬成術の師匠で尊敬しているお母さんのことを、なんにも知らないのだと決めつけられたのだから。
「ごめんねクリム。私の方こそ、クリムのことなんにも知らなかったのに……」
「……僕が悪いんだよ」
それでもクリムはかぶりを振って謝ってくる。
「僕がショコラにひどいことを言わなかったら、仲違いすることだってなかったんだ。そもそもチョコさんとの関係を秘密になんてしていなかったら、もしかしたら三人でもっと楽しい思い出だって作れてたかもしれないのに」
クリムは後悔を滲ませるように歯を食いしばる。
「それでずっと謝りたいって思ってたんだ。でも、変な意地を張ってたせいで、ずっと謝ることができなかった。チョコさんとの関係を秘密にしていたのは僕の方なのに、無関係だって言われて勝手にカッとなって……」
そこでクリムが、不意に言葉を切る。
「…………いや、違うか」
「えっ?」
「本当は、“怖かった”んだ。ショコラに責められるんじゃないかって、ずっと怖かったんだ」
その気持ちが言葉にあらわれるように、クリムは微かに声を震わせている。
「二年間、僕はチョコさんと修行をしてた。でも本来チョコさんのその時間は、ショコラと過ごすはずの二年だったんだ。だから僕はショコラから、チョコさんといられた時間を奪ったんじゃないかって思ってた」
確かにクリムと修行を始めた時期と、お母さんが頻繁に出かけるようになった時期は重なる。
あの頃はお母さんと過ごせる時間が少しだけ減っていたけど、別に今さらそのことを咎めたりはしない。
しかしクリムにとっては、とても重たい問題のようだった。
「チョコさんとの関係を話したら、それを責められるんじゃないかと思った。ショコラがそんなこと言う子じゃないとはわかってたけど、やっぱりどうしても怖くて……」
「……」
謝りたいけど謝れない。
クリムの胸中に漂っていた懸念が、その状況に拍車をかけていたようだ。
「だから改めてあの時のこと謝りたいって思ってるんだ。こうして品評会への招待状も来たし、ショコラがここを出て行ったら、いよいよ謝れる機会がなくなると思うから。……本当にごめん、ショコラ」
クリムの心からの謝罪が、二人きりのアトリエに静かに響く。
私は特に怒っているわけではないから、その謝罪をどんな気持ちで受け取ればいいのか若干戸惑っていた。
ただ、まあ……
「……クリムが謝る必要はないよ。お母さんはお母さんの意思でクリムに錬成術を教えてたんだから。お母さんと一緒にいられる時間を奪っちゃったなんて、もう考えないで」
「……ごめん」
これでお互いの間に漂っていた気まずい空気が、ようやく解消できたような気がする。
クリムが心の内に秘めていたことを打ち明けてくれたことで、なんだか私の方がすっきりとした気持ちになっていた。
仲直り、とも違う気がするけど、これから何かは変わっていくと思う。
でもそっか、クリムも私と同じような目的を持っていたんだ。
「クリムはお母さんのために、錬成師として活動してるんだよね」
「うん。僕が錬成師として名前をあげたら、師匠のチョコさんのことがすごい錬成師だったってことをみんなに伝えることができると思ったからさ。だから宮廷錬成師になれたのはすごく幸運だったと思ってるよ」
私もお母さんのために錬成師として活動をしている。
アトリエを開くというお母さんの夢を、代わりに叶えてあげて、それでいつかお母さんがすごい錬成師だったってことをみんなに証明したいと思っているんだ。
知らない間に私とクリムは、同じような目標に向かって突き進んでいたらしい。
それなら私たちがいがみ合うのは絶対に間違っていて、お母さんだってそんなこと望んでいるはずがない。
だから改めて険悪な関係を解消できて、本当によかったと思う。
私は手に持った招待状を見つめながら、クリムに問いかけた。
「私がいなくなった後、クリムはどうするの? また新しい手伝いを探したりするの?」
「うーん、もう手伝いは雇わないかな。正直いてくれた方が助かるとは思ってるけど、王国騎士団のための傷薬とか武器を錬成できる見習いがショコラの他にいるとは思えないし。僕が一から教えてる暇も、もう無さそうだからね」
日に日に増していく錬成依頼。
今は私が半分をかけ持って、二人で錬成を進めているから互いに好きなことをできている。
でもそれを一人で抱えるとなれば苦労は必至だろう。
かといって見習いを指導している暇もないため、今後はクリムが一人で王国騎士団からの依頼に応えなければならない。
きっと今までのように錬成術の研究はできなくなってしまう。いや、それどころか、莫大な依頼の量に体を壊してしまってもおかしくはない。
「まあ、ショコラがいなくなった後は、前みたいに一人で傷薬と武器の作成をするよ。で、時間を見つけられたら少しずつでも錬成術の研究を進めようと思う。そんな時間がとれるかはわからないけど、錬成師として忙しいのは嬉しい限りだからね」
「……」
まるで強がるようにクリムはそう言う。
そんな彼の様子を見て、私は握っている品評会への招待状を見下ろした。
……たぶんお母さんも、この方が喜んでくれるよね。
「私、品評会には出ないことにするよ」
「えっ?」