「クリ、ム……?」
窮地に現れた幼馴染に、私は驚愕の視線を向ける。
どうしてクリムがここに……?
その疑問を感じ取ったように、クリムは私に答えてくれた。
「昨日から様子がおかしかったし、素材採取のついでにちょっと様子を見ようと思って」
どうやら昨日の不調に違和感を抱いたらしく、それを心配して来てくれたようだ。
おかげで絶体絶命の危機を乗り越えることができたけれど、この妙な気持ちはなんだろう……
「お前、宮廷錬成師シュウだな……!」
クリムが現れたことで、ババロアは怒りの炎を燃やす。
しかしその程度の熱では、クリムの千年氷塊の長剣の氷は溶かせるはずもない。
「俺のアトリエから力を奪いおって……! 俺の活躍がそんなに妬ましかったのか……!」
クリムに凍りつかせられたババロアは、唯一動かせる首をジタバタと振りながら怒りをあらわにする。
その様子を見ながら、クリムは静かに笑った。
「言ってることが何一つ合っていないな。まずショコラの力はあんたの力じゃない。それと僕のアトリエにショコラを招いたのは、別にお前の活躍を妬んでショコラを盗ろうと思ったからじゃないよ」
そう、クリムはただ宮廷での仕事が忙しいから、手伝いを探していただけだ。
ババロアの活躍なんか一切関係ない。
だってクリムは……
「そもそも僕は、お前なんか眼中にない」
「――っ!」
普通の錬成師では比べることも烏滸がましいほどの実力者だから。
クリムは他の錬成師のことなんかまるで気にしておらず、ただ高みを目指して腕を磨き続けている。
金や地位に執着があるわけでもなく、ただ純粋に錬成術を極めようとしているだけなのだ。
宮廷錬成師という、錬成師においてこれ以上ない誉れを得ながらも、いまだに研究に余念がないのがその証拠。
そんな人物が今さら、格下の錬成師なんか気にするはずもない。
「ならばさっさとショコラを返せ……! それはお前の持つ小さなアトリエに置いておくべき存在ではないのだ……!」
「ショコラがどこに行くのかはショコラ自身が決めることだ。僕たちが勝手に決めていいことじゃない」
不意にクリムの視線がこちらに向く。
その答えを促されているとわかって、私は語気を強めてババロアに言った。
「……わ、私はまだ、今のアトリエでやりたいことがあるの。だからババロアのアトリエには戻らない」
「だってさ」
「こ、この恩知らずめが……! ふざけたことを抜かしおって……!」
ババロアは今にでも掴みかかって来そうな勢いで顔を歪める。
しかし手脚が凍りついてしまっているためまったく身動きが取れていなかった。
彼に雇われたならず者たちも、クリムが視線だけで威圧して動きを止めている。
「わかったらさっさと諦めて、アトリエに帰って少しでも修行を積んだらどうだ? あぁ、いや、その前に守衛騎士団に突き出して、教会で裁いてもらう必要があるか」
「裁くだと……! いったい誰に向かってそんな口を……」
「錬成師ギルドからも除名されて監獄行きは確定かな。仮に出られたとしても今後錬成師として活動するのは絶望的。お前は自らの手で錬成師としての自分を殺したんだよ」
改めてクリムからそう告げられて、ババロアは焦りと怒りを顔に滲ませる。
その現実を受け入れられないと言うように、奴は歯を食いしばりながらかぶりを振った。
「この、俺が……! 天才錬成師、ババロア・ナスティが……!」
次いで怒りの矛先が、鋭い視線となって私の方に向けられる。
「ショコラさえ……ショコラさえいればァ……!」
またあの頃の栄光を取り戻せると、そう言いたいのだろう。
クリムもそれがわかったのか、呆れたようにため息をこぼしながらババロアに言った。
「他人の力を借りることでしか客を呼べないのか。そんな方法で名前をあげて、アトリエを大きくして、それであんたは本当に満足なのか?」
「どのような手を使っても商品を売るのが正義だ! 客を呼べるのならどんな手でも使ってやる。錬成術は金を生み出すためだけに存在する力だからな!」
その一言に、私は怒りの感情を禁じ得なかった。
錬成術がお金を生み出すためだけの力なんて、絶対に認めたくない。
錬成術はいつも私を笑顔にしてくれた。
私に元気と勇気を与えてくれた。
大好きなお母さんが私に見せてくれた優しい奇跡なんだ。
その思い出を汚すような発言だけは、絶対に見過ごせない。
……という気持ちが、まるで同調したかのように、私の代わりにクリムがババロアの胸ぐらに掴みかかった。
「錬成術は自分のためじゃなくて、誰かのためを思って起こす奇跡だ。自分の地位のために他人を利用するような人間に、錬成師は務まらない」
「……」
驚く私をよそに、最後にクリムは、ババロアの耳元で囁いた。
「あんた、才能ないよ」
「――っ!」
宮廷錬成師という、類稀なる才能を認められた錬成師から送られる最大級の嘲罵。
錬成師としてこれ以上ない罵倒を受けたババロアは、魂が抜けたかのように深く項垂れた。
その後、クリムはならず者たちもババロアと同じように凍りつかせて、そのタイミングで都合よく王国騎士たちが駆けつけて来てくれる。
どうやら先ほどの親子が近くにいた王国騎士に通報をしてくれたらしい。
おかげで奴らは無事に捕まり、突発的に起きたこの事件は一応の終幕を迎えた。
その一方で私は、先ほどの言葉に引っかかりを覚えて、横目にクリムのことを見つめ続けていた。