私が錬成師を志したのは、お母さんに憧れたからだ。
お母さんの名前はチョコ・ノワール。
美人で優しくて、声がほわほわしていたのが印象に残っている。
それでいつも、錬成術で面白いおもちゃとか、可愛い服とか、美味しいお菓子だってたくさん作ってくれた。
ババロアの発言に憤りを覚えたのはそれが理由である。
男性とか女性とか関係なしに、お母さんはとてもすごい錬成師だったから。
そんなお母さんは、私が十歳の時に重い病気に罹ってしまい、すでに他界している。
『お母さんね、いつかアトリエを開くのが夢なの。それでもっとたくさんの人たちを笑顔にしたいんだ』
その夢を叶える前に、お母さんは病気で倒れてしまった。
だから私が代わりに、お母さんの夢を叶えてみせる。
アトリエを開くことができたら、きっとお母さんがすごい錬成師だったってことをみんなに証明できる気がするから。
そのために私は故郷の村を飛び出して、錬成師の道を歩み始めた。
お父さんも背中を押して送り出してくれて、お母さんの夢を託してくれた。
けれど……
「……これからどうしよう」
ババロアのアトリエを追い出された私は、意味もなく町を徘徊していた。
徒弟期間中の破門。
見習い錬成師にとって、まさに死を意味する。
実際に徒弟期間中に破門されて、それからどこのアトリエにも雇ってもらえずに錬成師を諦めた徒弟たちが大勢いると聞いているから。
いっそのことババロアのアトリエの実態をギルドに報告する?
まともに徒弟の面倒を見ずに長時間労働を強制しているとギルドに訴えてみようか?
いや、もしそうしても上手く言い逃れられるだけだろう。
私以外の職人さんや徒弟たちは、一応錬成術の訓練をする時間を与えられているわけだし。
下手に告発をして、むしろ労働環境が悪化してしまったら、職人さんたちにとって最悪の事態になる。
あの人たちに迷惑を掛けたくないからなぁ。
『助けてやれなくてすまなかった』
解雇宣告を受けた後、荷物をまとめるために地下室に行くと、寝床に一枚の紙が置いてあった。
そこには上記の一文のみが記されていて、職人さんや徒弟たちからの手紙だとすぐに悟った。
私を気遣っているところをババロアに見られたらまずいから、こうして手紙だけでも書いてくれたのだと思う。
私も、倒れた時に介抱してくれた礼を綴って、職人さんたちの部屋に手紙を置いておいた。
あの人たちに迷惑は掛けたくないし、成功確率やババロアからの報復のことも考えると、やはり泣き寝入りするしかないだろう。
「とりあえず、新しい修業先を見つけなきゃ……!」
無駄かもしれないと思いつつ、私は錬成師ギルドに向かうことにした。
そこでアトリエの空き状況を確認して、徒弟として受け入れてくれる場所を探すことにする。
その前にまずはギルドで徒弟を破門になったことを伝えなければならないので、ギルドに近づくにつれて自ずと胃がぎゅっと引き締まっていった。
やがて錬成師ギルドに辿り着くと、受付窓口まで行って必要となる手続きを行うことにする。
ついでにアトリエの空き状況を確認したけど、今は徒弟を取っているところは少ないようだ。
でも一応空きはあるので、そこに徒弟入りの志願を出しておくことにする。
これで向こうが引き受けてくれた場合は、その後簡易的な面談や実技試験を行い、合格すれば晴れて徒弟としてアトリエに雇ってもらうことができる。
「では、お返事が来るまでしばらくお待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
可能な限りの志願を出した私は、また一週間後にギルドにやって来ることにした。
「すべてお断りされてしまいました」
「……」
一週間後。
錬成師ギルドを訪れた私は、すべての志願を却下されたことを受付さんから聞くことになった。
まあ、薄々そんな気はしていた。
そもそもアトリエの空きが少ない状況だったので、他の徒弟志願者たちと取り合いになるのだ。
すでに破門経験のある私は圧倒的に不利な立場なので、全部の志願を却下されても不思議はない。
それでも引き受けてくれるところがないかと思って、諦めずに志願の申請をしようとすると……
「現在、ショコラ様が志願可能なアトリエはございません」
「えっ?」
「ショコラ様の噂がすでにギルド内に流れておりまして、徒弟の引き受けをしているアトリエからはすべて志願拒否をされております。ですのでギルド側からご紹介できる場所は一つも……」
「……そ、そんな」
唯一の望みであったギルドからの紹介も断られてしまった。
いつかは破門された噂が出回るだろうと思っていたけど。
まさか僅か一週間でギルド内に知れ渡るなんて。
もうこの町で錬成師としての修行をすることはできないのかな。
一人前の職人として認めてもらうためには、徒弟として修行期間を終えなければならないのに。
なら、別の町や国に行って修行先を探してみる?
「…………いや」
結局は徒弟期間中に破門されたという事実は付き纏うので、アトリエに入れてもらうのは難しいだろう。
そもそも錬成師としてアトリエを開くなら、この王都フレーズ以外に選択肢は考えられない。
ここでの成功が錬成師としての誉れとも言われているくらいなので、私はこの場所でお母さんの夢を叶えたいんだ。
お母さんがすごい錬成師だったってことを証明するためには、どうしてもこの場所じゃなきゃいけないのに。
「……わかり、ました。また日を改めて来てみます」
受付さんから同情の眼差しをもらいながら、私は弱々しい足取りで錬成師ギルドから立ち去って行った。
その後、当てもなく町の中を彷徨う。
覚悟はしていたけど、まさかここまでどうしようもない状況に追い込まれてしまうなんて。
破門された見習いたちが、全員その道を諦めたというのも深く納得できてしまう。
ギルドでアトリエの紹介もしてもらえない。直談判なんてもっての外。
他の町での活動も現実的ではなく、錬成師として生きていくのはもう諦めるしかないのだろうか。
「うっ……ぐっ……」
我知らず涙が滲んできて、私は思わず手で顔を覆いながら俯く。
町の通りを行き交う人たちに悟られないように、静かに涙声を漏らす。
たった一度、失敗してしまっただけだというのに。
あの劣悪な労働環境のせいで、私の錬成師人生はボロボロに崩されてしまった。
私の三年間は、いったいなんだったんだ。
その時――
涙を隠すために俯いていたせいで、前から歩いて来る人に気付かなかった。
ドンッ! と激しくぶつかってしまう。
「あっ、すみません!」
「いえ、こっちこそ」
年若い青年とぶつかってしまったみたいで、私は咄嗟に後ろを向いた。
泣いていることを悟られないように顔を隠してみたのだが、どうやら青年には気付かれてしまったらしい。
しかも彼は、それを心配して私に声を掛けてきた。
「だ、大丈夫ですか? もしかして今ので怪我とか……」
「あっ、いえ、そういうわけじゃなくて……!」
青年が申し訳なさそうな声を漏らしているので、私はすぐに誤解を解くべく振り返ろうとする。
そして青年と目が合うと、なぜか彼はハッと息を呑んで瞳を見開いた。
その後、じっとこちらを見つめながら固まってしまう。
私の顔に何か付いているのだろうか?
見つめられる覚えがなく、滲んだ瞳で青年に視線を返していると、やがて彼の口から驚くべき台詞が漏れてきた。
「も、もしかして…………ショコラなのか?」
「えっ?」
突然名前を呼ばれて、私はドクッと心臓を跳ねさせる。
直後、朧げだった視界がじわっと晴れていき、目の前に中性的な顔立ちの銀髪の青年が映し出された。
中肉中背の十七、八ほどに見える青年。くっきりとした碧眼に長いまつ毛が特徴的な目元。
パッと見た印象では見覚えのない青年だったが、数秒見つめたのちに電気のような衝撃が脳裏を迸る。
……面影がある。
およそ八年前に、故郷のポム村を出て行って、それ以来会っていない“幼馴染”の面影が。
「クリム、なの……?」
私の辿々しい問いかけに、目の前の銀髪の青年――クリム・シュクレは、気まずそうな顔をして目を逸らした。