クリムが呆然としていて、予想外のその反応に私の方も困惑してしまう。
忠告の通り、岩人は水浸しにして爆発をさせなかった。
それでちゃんと討伐もできたんだけど……
「あ、あれ……? 私、何か間違ったことしちゃった?」
「……いいや、ちゃんとできてたよ」
心配になってクリムに問いかけると、彼は苦笑しながらかぶりを振った。
ちゃんと討伐ができていたみたいでよかったけど、それならどうしてあんな反応をしたんだろう?
その理由を、クリムはおかしそうに笑いながら説明してくれる。
「いや、まさかここまでショコラが強いとは思わなくてさ。毎回、素材を採取して来るのが早かったのはこれが理由だったんだね」
「そ、そう……?」
「うん、王国騎士団に所属する魔術師に引けを取らないくらいの魔力だ」
えっ、そんなに……?
さすがにそれは言いすぎなんじゃないかと思ったけれど、クリムは至って真面目な声音で続ける。
「三年間、魔物討伐をさせられてたって言ってたけど、魔法は基本的に独学でしょ?」
「まあ、教えてくれる人なんていなかったし、前のアトリエの工房長なんて命令してくるだけだったからね」
「それなのにここまで戦えるなんて大したもんだよ。これは騎士団に誘われる日も近いかもしれないね」
「そ、それはさすがに冗談でしょ?」
ちゃんとした魔法指導を受けたら、王国騎士として活躍することも夢じゃないとクリムは言った。
いくらなんでもそれは誇張しすぎだと思うけど……
私なんてただ、きつい魔物討伐を強制させられていただけの素材採取係だったんだし。
まあ、だからこそここまで魔力が成長したという言い方もできるけどね。
早く討伐して帰らなければ、首を切られる可能性があったから。
だから私は必死に魔法の詠唱式句を覚えて、がむしゃらに戦ってきた。
……あの苦しかった日々が、皮肉にも私を強くしてくれたということなのかな。
「クリムの方こそ、戦い慣れしてる感じがしてちょっと驚いたけどね。村にいた時は別に喧嘩とかもあんまり強くなかったよね?」
「まあ、喧嘩するほど親しい人間もいなかったからね」
あっ……
まずいことを聞いてしまったと遅まきながら悟る。
クリムは村で孤立している立場だったから、喧嘩なんてほとんどする機会がなかったはずだ。
そもそも村で孤立することになってしまったのは、私が原因みたいなところもあるし。
それなのに村にいた時のことを持ち出すなんて空気が読めていなさすぎる。
ただ、特にクリムはそのことを言及してくることはなく、続けて説明してくれた。
「行商人の父さんと旅してると、嫌でも戦闘技術は身につくんだ。しょっちゅう危険な魔物領域に入ることになるし、衛士経験のある父さんからそれなりに剣も教えてもらったから」
そういえばかなり昔にそんな話を聞いたような……
クリムのお父さんは行商人になる前は、村の衛士をしていたと。
そのお父さんから剣を教えてもらいながら、旅に同行していたのであれだけ戦えるということか。
次いでクリムは、腰の鞘に納めていた長剣を抜き、それを掲げながら言う。
「それとこの“武器”のおかげで、今は魔物素材の採取もそこまで苦労してないって感じかな」
「それってお店に売ってるようなものじゃないよね? クリムが錬成で作ったの?」
「そう、僕の自信作だ」
青白い刀身から美しい輝きを放っている上質な一振り。
見た目の麗しさもさることながら、斬りつけた相手を凍結させたあの力はどう考えても通常の武器ではあり得ない現象だ。
そう思った通り、この長剣は錬成によって作り上げた特殊武器だったらしい。
「これまで前人未到だった氷雪地帯――『グラス雪原』。そこに探索に行って唯一生還した採取家が、グラス雪原の奥地で珍しい氷を拾って来たんだ。それは普通の氷と違ってまったく溶けず、千年は溶けないだろうなんて噂が流れて『千年氷塊』って名前が付いたんだ」
「もしかして、その千年氷塊を素材にしてその武器を錬成したの……?」
クリムは長剣を鞘に納めながら頷く。
「武器の錬成素材に用いると、凍結効果を付与することができるんだ。その分、高い素材理解度と錬成技術が必要になるから、ここまで鍛え上げるのに相当苦労したけど」
「よくそんな珍しい素材を手に入れられたね。千年氷塊なんて名前も聞いたことないのに」
「行商人の父さんとあちこち旅する中で、偶然手に入れることができてさ。父さんは売りたいって言ってたけど、僕が手伝いを頑張るって言ったら特別に譲ってくれてさ」
確かに行商人だったら珍しい一品と出会う機会は多そうだ。
だとしてもそんな素材をここまで上質な武器に錬成できるなんて、またクリムの才能の凄まじさに圧倒されてしまう。
私もいつかは、これくらいすごい錬成物を生み出してみたいものだ。
「まあ、その話はいいとして、早いところ岩人が落とした鉱石を回収しよう。まだ少し量が足りないから、山の散策も続けなきゃいけないし」
と言って、クリムは鉱石を拾うように催促してくる。
それを聞いて、私は鉱石を拾いに行こうとするけれど、寸前であることを思い出してしまった。
「そ、そういえば、さっきさ……」
「んっ?」
「私に、何て言おうとしたの?」
「……」
岩人との戦いが始まる直前のこと。
昔のことを話題に出してしまい、クリムと微妙な空気になった。
お互いに今は喧嘩中の身なのに、昔話に花を咲かせてしまいそうになってものすごく気まずかった。
でも、その時……
『あ、あのさ、ショコラ』
クリムが何かを言いたげにしていた。
いったい何を言いたかったのかは定かではない。
ただ、あの声音からして、何か重要なことを伝えようとしていたのではないだろうか。
そう思って私は、思い切ってクリムに聞いてみることにした。
けれど……
「……別に、なんでもない」
「……そっか」
クリムの口からは何も聞くことができず、また少し微妙な空気に包まれながら鉱石採取を進めたのだった。
もしかしたら、私の違和感を拭ってくれる“何か”を、打ち明けてくれるかと思ったんだけど。