カボス山。
王都フレーズの北部に位置する山。
低級種から中級種までの魔物が多く蔓延っていて、危険な魔物領域として認知されている。
その一方で鉱石採取が可能な鉱山でもあり、魔物領域は『無主地』ということもあって採取家や鍛治師が危険を冒して鉱石を掘りに来る場所でもある。
当然、錬成師たちにとっても貴重な素材の宝庫だった。
「ここなら剣の素材に使う魔物素材と鉱石素材を両方同時に採取できるんだ。距離も馬車で一日だから割と近いし、僕はいつもここで武器素材を採取してるよ」
そんな場所に二人で訪れて、クリムにあれこれ教えてもらいながら素材採取を進めた。
剣の錬成に使用する鉱石はどれとか、盾と鎧の錬成に使用する鉱石はどれとか。
それぞれ採掘しやすい場所も教えてくれて、早い段階でそれなりの素材を集めることができた。
「『鼠石』が二十個、『光砂鉄』が五袋分。で、あとは魔物素材だけね……。山の上の方にいるって話だよね?」
「魔物の被害報告が特に多いのは上の方だから、そこを目指して進んで行こう」
というわけで私とクリムは、残りの素材採取のためにさらに山の奥へと進むことにした。
二人して岩肌の山道を歩きながら、私はふと思い出す。
「そういえばポム村のすぐ近くにも、こういう小さな岩山があったよね」
「んっ?」
するとすぐにクリムは、思い出したように頷いた。
「あぁ、森の裏手にあった『怒鳴り山』か。懐かしいね」
そういえばそんな名前で呼ばれてもいたっけ。
山の岩肌にたくさんの石柱が立っていて、まるで髪を逆立てて怒る母親のような見た目から『怒鳴り山』と名付けられたって話だった気がする。
あと、普通に危ない場所だから、子供たちだけで入ると大人たちに怒られるという意味でもあったかな。
「子供の頃は入っちゃダメって言われてるところほど、入りたくなるもんなんだよねぇ」
「それでショコラを止めようとした僕まで怒られたっけな。いくら止めてもショコラが聞かないから」
「でもクリムだって楽しそうに山の探検してたでしょ。木の棒持って冒険者ごっことかしながら」
「うっ……」
クリムが気まずそうに息を詰まらせて、私は思わず綻んでしまう。
幼少時の記憶が泡のように蘇ってきて、当時の楽しかった気持ちを脳裏に思い出してしまった。
「本当に懐かしいなぁ。昔は二人でこうして……」
と、言いかけた私は、ハッとして言葉を切る。
クリムと二人で山を散策して、懐かしい気持ちに浸ってしまったけれど、私たちは絶賛喧嘩中の間柄だった。
つい昔のように話しかけてしまい、私はなんだか申し訳ない気持ちになる。
「ごめん、なんでもない」
「……」
クリムとしても気まずかっただろう。
というか困ったのではないだろうか。
私が昔みたいな距離感で接してきて。
思った通り、クリムはなんとも言えない顔で地面に目を落としていた。
あの時のことがなければ、こんな空気感を味わうこともなかっただろうに。
どうしてクリムはあの時、お母さんのお墓参りを邪魔してきたのだろうか?
私のことを恨んでいて、その仕返しのために邪魔してきたのだと、私は今日までそう思っていた。
でも、アトリエに拾ってもらって、色々なことを教えてもらう中で、やっぱりクリムは優しい人物だと改めてわかってきた。
だから今さら、強烈な違和感を覚えてしまう。
あの時、あのような心ない言葉をぶつけてくるなんて、クリムらしくないと。
『ショコラの母親はもう死んだんだ。そんなことしたって死んだ人間は戻って来ることはないんだよ』
本当に私のことが嫌いでそんなことを言ってきたのかな?
どうしてあの時冷たくしてきたのかな?
私に何か隠していることでもあるのかな?
もしそうなら、そこに何かしらの理由があるんじゃないのかな?
まあ、これはただの私の妄想だ。
純粋に私のことを嫌っている可能性もある。
もし仮に何か理由があったとしても、今までそれを黙ってきたのだから今さら簡単に話してくれるはずもない。
だから私は疑問を喉の奥に引っ込めて、仕事に集中しようとすると……
「あ、あのさ、ショコラ……」
意外にも、クリムの方から声を掛けてきてくれた。
何か言いたげな顔でこちらを見ていて、少し口籠もる様子が窺える。
その空気感から、何か重要なことを伝えてくれるような感じがして、私は自然と身を強張らせた。
刹那――
「ゴゴゴッ!」
「「――っ!?」」
山道の前方から、岩を擦り合わせるような重々しい声を放つ、人型の岩が迫って来た。