「ゆかちゃん、お誕生日おめでとう。お母さんから聞いたよ。もう17歳になったんだってね」
 

祖母が木製の椅子に腰掛けながら、驚いたような口調でゆかに話かけた。

祖母は昭和の人にしては珍しく、一人っ子だったということもあり、かなり甘えさせられて育ってきたっていう話を、よく母から聞いていた。
 
だから何かと、口が悪い。

お母さんに同じことを言われたら反抗できるかもしれないけれど、おばあちゃんに言われると何も言い返せないから、結局いつも言われっぱなし。
 


あぁ、おばあちゃんにも誕生日バレてしまったのか。
 
お母さん、おばあちゃんには言わないで欲しかったな。
 
これ以上、誰にも広まらないでほしかったのに。



ゆかは心の中で呟いた。


「ありがとう。早いよね」
 

目の前で何か抱負でも言いなさいとでも言わんばかりの顔をしている祖母に、何か答えなければ、と思うけれどなかなか言葉が見つからない。
 

学校にも行っていない孫だなんて、祖母としても恥ずかしいだろう。


そう思い始めると、まともに顔を上げることすら出来ない。


「おばあちゃんはね、17歳の時にはおじいちゃんと結婚を考えていたんだよ。まぁ、今のゆかちゃんには考えられない話だろうけどね」
 

ため息まじりに話す祖母は、表情こそ笑顔だったけれど、呆れや苛立ち、といった感情が込められているのがひしひしと伝わってきた。


「ほら、ごはんが冷めちゃうよ」
 

気まずい空気になったのを察した母が会話に割って入り、助け舟を出してくれた。

こうやって毎回助けられるたびに、心の中でごめんね、ありがとうって母にお礼を言う。


「いつもありがとうね。いただきます」


母の作ってくれた味噌汁を一口飲むと、少し甘くて、優しい味がした。

何もしていない娘に、こうやって毎日朝ごはんを用意してくれる母の姿を隣にすると、学校くらいは行かなきゃって焦る気持ちばかりが込み上げてきて、いつも気持ちが落ち着かなくなる。
 
だからといって、今の自分が何か行動を起こしているかと言われれば、そういうわけでもない。

そんな矛盾した自分に嫌気がさしてしまう。


「そういえば、夏休みになったらお母さんとドライブにでも行かない?家の中にいてばかりでも窮屈でしょ?」
 

卵焼きを口に運びながら、母がゆかの方を向いた。

毎日家にいるゆかに、あえて「夏休み」っていう言葉を使うのは、母なりの気遣いなんだと思う。

本当はいつでも行けるはずなのに、学校がある日だとサボっているってゆかが感じるかもしれないって思って、あえてみんなも休みの日を選んでいるんだろうな。

その配慮がゆかの心をさらに苦しめた。

だけど、本当のことを言えば夏休みに入ってからも母と出かけるのは嫌だった。

だってもし学校の人に見られたら、学校にはきていないのに遊ぶことは出来るじゃんって思われるから。


「どうする?せっかくだし遠出してみようか」
 

母はゆかの顔を覗き込んで言った。

もしかしたら心の中を読まれてしまったかもしれないと思ったけれど「遠出」という言葉にちょっとだけ安心した。
 

「うん。遠出するなら行ってみようかな・・・・・・」


ゆかはぎこちない笑顔を見せて答えた。