夢の中は見慣れた白一色だった。
つい昨日見たものではない。
暗くはない。白の世界。
覚えのある景色。
反射で振り返ると、そこにはやはり、白威がいた。
久しぶりに見る白威は相も変わらず圧倒的な美貌で優子の鼓動を早めた。
「…白威」
呼びかけると、優しい瞳に優子を映した。
「久しぶり」
最後の会話なんて覚えていないように、優子に話しかける。
もう会わないと言った。白威も、同意した。
だからあれから夢に入ることはなかった。
夢への入り方はわからないが、今まではきっと白威の働きで夢に入っていた。
この夢も、優子は白威に誘われたのだと察した。
「もう会わないって言ったじゃない」
「うん」
「今日は私が嫁ぐ日なのよ!」
「うん」
「もう嫁いだし!」
「うん」
「何で今更、こんなことするの」
恋しくなるから会わないようにしていたのに、何故今日なのだ。
約束を守ってくれたのだと思っていたが、最後にして破られた。
「どういうつもりなの!?」
今更、一緒に居ようとでも言うつもりか。
もう本殿に入ったのだ。
重い黒無垢を着て、村人に見守られて本殿に入ったのだ。
もうどうしようもない。
「なんなの!?」
両親にさえ見せなかった大粒の涙をこぼし、飄々としている白威を下から睨みつける。
会えば、恋しさは増す。
離れたくない、ずっと傍に居たい。そんな想いがふつふつと湧き上がり、閉じ込めることができなくなって涙としてあふれ出る。
「…優子、僕のこと、好き?」
「好きなわけないでしょ馬鹿!」
泣きながら怒鳴りつける。
今更、愛の言葉を口にしたからどうなるというのだ。
村を守るために捧げられた身で、結婚相手以外に愛を口にするなど不敬だ。
「…僕は、好き」
好きじゃないと言われ、しょんぼりした白威だったが気持ちを切り替えて優子に想いを伝える。
好意を抱いている相手から好きと言われ、嫌なわけがない。
優子の両手を握り、真っ直ぐ見つめる。
どくどくと心臓が一気に早く動き始めた。
「優子は?」
好き。
だから、何だというのだ。
それを言って、どうなるのだ。
二人で駆け落ちでもするのか。
両親を捨てて逃げろというのか。
優しく握られた手を強く握り返し、思い切り睨みつける。
「だから、なんなの!?」
「…嫌いなら、嫌いって、言ってほしい」
「はあ!?」
「好きじゃないなら、嫌いって、言って」
「ふん、そんなのいくらでも言ってやるわよ!」
真剣な眼差しを一身に受け、優子は震える唇で大きく息を吸う。
嫌い、嫌いだ。好きじゃない。
好きだと駄目なのだ。
結婚するのだ。
両親は捨てられない。
白威と想いを言い合うなど、できない。
「嫌い!」
「…」
「嫌いよ!」
「…」
「あんたなんか大っ嫌い!」
「…」
「本当に!」
嘘だ。嫌いじゃない。
嫌いじゃないよ。
分かっているでしょう。
知っているでしょう。
どうしてそんな意地悪するの。
どうして自分は黒髪なんだ。
本当は好き。大好き。
その美貌も、無口なところも、表情が変わりにくいところも、素直なところも。全部全部全部好き。
「嫌い!」
嘘。
「嫌いだから!」
嘘。
「嫌いー!」
嘘だから。
「嫌いだもん!うわああああん!!」
嫌い嫌いと言われた白威は何も言わず、ただじっと優子を見つめていただけだったが、優子が泣きだすとおろおろと握った手を離し、両手で顔を包んだ。
「優子、ごめん」
「うわああん!」
あふれる涙はそう簡単には引っ込まない。
止まることのない滝のように、瞳の奥から流れ出る。
泣き喚く優子を前にし、どうしていいか分からず白威は出てくる涙を指で拭い続ける。
拭っても拭っても、次から次へとあふれ出る。
いっそのこと衣服に吸い込ませようと、白威は優子を抱きしめた。
「ごめん」
「ひっく、ひっく」
小さな優子はすっぽりと白威の腕の中に収まる。
それがなんだか愛らしく、腕の力をぎゅっと強める。
普段はあんなに強気であるのに、今や涙を流して白威の腕の中。
「…本当は?」
優子の耳元で尋ねる。
まだその話が続いているのかと、しゃくりあげながら耳を傾ける。
「本当に、嫌い?それとも、好き?」
優しくて柔らかい声。
生まれたての赤子に話しかける母親のようだ。
「僕は優子、好き。優子は?」
優しく、優しく、問いかける。
「僕のこと、好き?」
優しく、甘い声で囁かれ、先程まで考えていたことはすべて吹き飛んだ。
ただ問いに答えるため、水分の多くなった口を開く。
「…すき」
ぐすん、と泣きながら、小さく答えた。
その返答を聞き、白威は優子の頭を撫でる。
「じゃあ、結婚、しよ」
何も考えられない頭は、理性を追いやった。
「...する」
目の前に居る白威しか目に入らない、考えられない。
ずっと一緒がいい。
白威に対する想いを隠すことができず、つい答えてしまった。
ぐすぐす泣く優子の背中を撫でた後、白の世界は崩壊した。
つい昨日見たものではない。
暗くはない。白の世界。
覚えのある景色。
反射で振り返ると、そこにはやはり、白威がいた。
久しぶりに見る白威は相も変わらず圧倒的な美貌で優子の鼓動を早めた。
「…白威」
呼びかけると、優しい瞳に優子を映した。
「久しぶり」
最後の会話なんて覚えていないように、優子に話しかける。
もう会わないと言った。白威も、同意した。
だからあれから夢に入ることはなかった。
夢への入り方はわからないが、今まではきっと白威の働きで夢に入っていた。
この夢も、優子は白威に誘われたのだと察した。
「もう会わないって言ったじゃない」
「うん」
「今日は私が嫁ぐ日なのよ!」
「うん」
「もう嫁いだし!」
「うん」
「何で今更、こんなことするの」
恋しくなるから会わないようにしていたのに、何故今日なのだ。
約束を守ってくれたのだと思っていたが、最後にして破られた。
「どういうつもりなの!?」
今更、一緒に居ようとでも言うつもりか。
もう本殿に入ったのだ。
重い黒無垢を着て、村人に見守られて本殿に入ったのだ。
もうどうしようもない。
「なんなの!?」
両親にさえ見せなかった大粒の涙をこぼし、飄々としている白威を下から睨みつける。
会えば、恋しさは増す。
離れたくない、ずっと傍に居たい。そんな想いがふつふつと湧き上がり、閉じ込めることができなくなって涙としてあふれ出る。
「…優子、僕のこと、好き?」
「好きなわけないでしょ馬鹿!」
泣きながら怒鳴りつける。
今更、愛の言葉を口にしたからどうなるというのだ。
村を守るために捧げられた身で、結婚相手以外に愛を口にするなど不敬だ。
「…僕は、好き」
好きじゃないと言われ、しょんぼりした白威だったが気持ちを切り替えて優子に想いを伝える。
好意を抱いている相手から好きと言われ、嫌なわけがない。
優子の両手を握り、真っ直ぐ見つめる。
どくどくと心臓が一気に早く動き始めた。
「優子は?」
好き。
だから、何だというのだ。
それを言って、どうなるのだ。
二人で駆け落ちでもするのか。
両親を捨てて逃げろというのか。
優しく握られた手を強く握り返し、思い切り睨みつける。
「だから、なんなの!?」
「…嫌いなら、嫌いって、言ってほしい」
「はあ!?」
「好きじゃないなら、嫌いって、言って」
「ふん、そんなのいくらでも言ってやるわよ!」
真剣な眼差しを一身に受け、優子は震える唇で大きく息を吸う。
嫌い、嫌いだ。好きじゃない。
好きだと駄目なのだ。
結婚するのだ。
両親は捨てられない。
白威と想いを言い合うなど、できない。
「嫌い!」
「…」
「嫌いよ!」
「…」
「あんたなんか大っ嫌い!」
「…」
「本当に!」
嘘だ。嫌いじゃない。
嫌いじゃないよ。
分かっているでしょう。
知っているでしょう。
どうしてそんな意地悪するの。
どうして自分は黒髪なんだ。
本当は好き。大好き。
その美貌も、無口なところも、表情が変わりにくいところも、素直なところも。全部全部全部好き。
「嫌い!」
嘘。
「嫌いだから!」
嘘。
「嫌いー!」
嘘だから。
「嫌いだもん!うわああああん!!」
嫌い嫌いと言われた白威は何も言わず、ただじっと優子を見つめていただけだったが、優子が泣きだすとおろおろと握った手を離し、両手で顔を包んだ。
「優子、ごめん」
「うわああん!」
あふれる涙はそう簡単には引っ込まない。
止まることのない滝のように、瞳の奥から流れ出る。
泣き喚く優子を前にし、どうしていいか分からず白威は出てくる涙を指で拭い続ける。
拭っても拭っても、次から次へとあふれ出る。
いっそのこと衣服に吸い込ませようと、白威は優子を抱きしめた。
「ごめん」
「ひっく、ひっく」
小さな優子はすっぽりと白威の腕の中に収まる。
それがなんだか愛らしく、腕の力をぎゅっと強める。
普段はあんなに強気であるのに、今や涙を流して白威の腕の中。
「…本当は?」
優子の耳元で尋ねる。
まだその話が続いているのかと、しゃくりあげながら耳を傾ける。
「本当に、嫌い?それとも、好き?」
優しくて柔らかい声。
生まれたての赤子に話しかける母親のようだ。
「僕は優子、好き。優子は?」
優しく、優しく、問いかける。
「僕のこと、好き?」
優しく、甘い声で囁かれ、先程まで考えていたことはすべて吹き飛んだ。
ただ問いに答えるため、水分の多くなった口を開く。
「…すき」
ぐすん、と泣きながら、小さく答えた。
その返答を聞き、白威は優子の頭を撫でる。
「じゃあ、結婚、しよ」
何も考えられない頭は、理性を追いやった。
「...する」
目の前に居る白威しか目に入らない、考えられない。
ずっと一緒がいい。
白威に対する想いを隠すことができず、つい答えてしまった。
ぐすぐす泣く優子の背中を撫でた後、白の世界は崩壊した。