書庫に通いだし、優子は気づいたことがある。
今までは神社の本殿で眠りについたときしか現れなかった白威が、何故か書庫で寝ても現れる。
家で寝た時も、山の中で眠った時も、一度たりとも姿を見せなかった白威が何故書庫の中だと夢に出てくるのか。
夢の中で白威に問うも、答えてはくれなかった。
「はぁ、白威って秘密主義よね。私には教えなさいよ」
白蛇は苦笑いし、優子の足元にすり寄った。
「あんたは従順ね」
出会った時から優子に反抗することなく、優子のために動いてくれる。
「あんたと結婚ならしてもいいんだけど」
ただの蛇と結婚というのもおかしな話だが、これだけ従順であれば一緒に生活するのも悪くない。
優子にとってこの白蛇はペットであった。
「暇だわ」
今日は睡魔が襲ってこないので、目はしっかり開かれている。
することはなく、床に大の字で寝転がるが、折角なので本でも読もうかと起き上がって一番近くにある本を手に取った。
「白蛇様のすべて?」
題名を読み上げ、鼻で笑う。
こんな本一冊で白蛇のことが分かれば苦労はしない。
村長も読んだはずだ。読んだけれど何の噂もないということは、この本に書かれていることは何一つ役に立たないということ。村人が知っている以上の情報はここに載っていない。期待せずに本を捲るが、最初の文で優子の手は止まった。
「白蛇様は神と見間違う程の美人である?」
その一文に違和感があった。
全体的に言葉は古めかしいが、読めないことはない。
この一文は優子にも読める。今と変わらない言葉だ。
神のように美しい人、と書いてあるが、妙だ。
村人から白蛇の容姿なんて聞いたことはない。実際、優子も白蛇の容姿は知らない。白威は綺麗だが、その主人がどうかなんて分からない。
それなのに、この本には神のような美人とある。現実離れした美しさを言っているのだろう。それが妙だ。
何故、白蛇が美人だと言い切れるのか。
この文は「だろう」ではなく「である」で終わっている。想像ではなく、事実を述べているのだ。
白蛇と関わることができるのは、黒髪のみ。村人は神社にすら足を運ばない。神聖な領域を人間の分際で侵そうなどと思わないのだ。昔も今も、それは変わらない。ならば、白蛇についてのこの書物は黒髪が書いたのだろうか。結婚後、忽然と姿を消す黒髪が、か。
「どこまでも優しい白蛇?」
白蛇の内面まで書かれている。
これは誰が書いたのか。著者の名前はどこにもない。ただの村人なのか、黒髪なのか、それすらも書かれていない。
白蛇と関わることができるのは黒髪だけだ。よって、この本は黒髪が書いたと優子は確信した。
「どういうこと?黒髪は死なずに、村に住み続けてたってこと?」
姿を消した黒髪が、白蛇について書いた本。それが今、村にある。
仮に、神社を抜け出したとして村にそのまま住み続けることなんてできるだろうか。誰にも悟られず、ひっそりと生き、本を書いて村に置く。置いた時点で気づかれそうなものだが、どうなのだろう。
「あー、頭が痛くなった」
本を床に置き、再び大の字で仰向けになる。
嫁いだ直後、黒髪は死ぬわけではない。神隠しに遭うわけでもない。
村に居たのだ。
そうとしか考えられない。
どうやって村に住み続けたのか。
顔を変える。他人に成りすます。村近くの山に住む。
どれもしっくりこない。顔を変えるなんてできないし、他人に成りすまして村人を欺けるだろうか、山に住んだところで狩りをする男たちに気付かれそうだが。
「でも白蛇について書いてるってことは、やっぱり皆が言う白蛇様は存在するってことね。その白蛇を見た黒髪がこの本を書いて、村に置いた。どういうこと?嫁いだ後も村にいたってこと?離婚して帰って来たってこと?そもそも離婚になるの?」
美人、ということは白蛇は蛇ではなく人の形をしている。
白威みたいなものか。
人に化けることができる。そうに違いない。
もっと読んでみよう、と床に置いた本を開く。
「何よ、これ」
目次がなかったので内容を先に把握することができなかった。ページを捲っていくと分かる。
「何が白蛇様のすべて、よ!惚気話の間違いじゃないの!?」
読めば読む程、この本の馬鹿馬鹿しさが分かる。
日記に近い。白蛇に嫁いだ黒髪の日常が綴られている。
白蛇様にこういうことを言われて嬉しかった。白蛇様に喜んでもらえた。白蛇様は今日も美人。惚気話で盛沢山だった。
言い回しが古臭いので、江鶴の時代に近い時を生きた黒髪ではないかと思う。
そして、字が汚い。字を覚えたてのようにくねくねと曲がっている。
「どうして日常を綴った本がこんなところにあるのよ!」
何が忽然と姿を消す、だ。こんなに堂々と生きている証を残しておきながら、村人全員が脅すようなことを言って、何がしたいのだ。
惚気話を読んでいくと、至って普通の生活を送っているようだった。そこが何処なのかは記載されていない。日々楽しく暮らしていることが伝わるだけで、詳細まで書かれていない。
「はぁ、意味分かんない。結局黒髪は白蛇と楽しく暮らすってこと?この黒髪が特別だっただけなの?白蛇は色んな女と結婚してる色ボケ野郎ってこと?」
黒髪が誕生する度に嫁がせているなら、一体何度結婚したのだ。
黒髪好きな白蛇を想像し、顔を歪ませていると傍で見守っていた白蛇が優子の腕に巻き付き、不機嫌そうに舌を出す。
「何よ」
不機嫌だ。心外だ。不快だ。そんな顔して舌を出す白蛇を見て、「違うの?」と尋ねると何度も頭を上下に動かした。
「じゃあどういうことなのよ」
頭が痛い。
もう今日は考えるのをやめよう。
白威に会いたいが、今日はなんだか眠れない。
面白い本がないかな、と書庫を探してまわったが、どれも白蛇か黒髪か神社の本であり、面白そうなものは何一つなかった。
今までは神社の本殿で眠りについたときしか現れなかった白威が、何故か書庫で寝ても現れる。
家で寝た時も、山の中で眠った時も、一度たりとも姿を見せなかった白威が何故書庫の中だと夢に出てくるのか。
夢の中で白威に問うも、答えてはくれなかった。
「はぁ、白威って秘密主義よね。私には教えなさいよ」
白蛇は苦笑いし、優子の足元にすり寄った。
「あんたは従順ね」
出会った時から優子に反抗することなく、優子のために動いてくれる。
「あんたと結婚ならしてもいいんだけど」
ただの蛇と結婚というのもおかしな話だが、これだけ従順であれば一緒に生活するのも悪くない。
優子にとってこの白蛇はペットであった。
「暇だわ」
今日は睡魔が襲ってこないので、目はしっかり開かれている。
することはなく、床に大の字で寝転がるが、折角なので本でも読もうかと起き上がって一番近くにある本を手に取った。
「白蛇様のすべて?」
題名を読み上げ、鼻で笑う。
こんな本一冊で白蛇のことが分かれば苦労はしない。
村長も読んだはずだ。読んだけれど何の噂もないということは、この本に書かれていることは何一つ役に立たないということ。村人が知っている以上の情報はここに載っていない。期待せずに本を捲るが、最初の文で優子の手は止まった。
「白蛇様は神と見間違う程の美人である?」
その一文に違和感があった。
全体的に言葉は古めかしいが、読めないことはない。
この一文は優子にも読める。今と変わらない言葉だ。
神のように美しい人、と書いてあるが、妙だ。
村人から白蛇の容姿なんて聞いたことはない。実際、優子も白蛇の容姿は知らない。白威は綺麗だが、その主人がどうかなんて分からない。
それなのに、この本には神のような美人とある。現実離れした美しさを言っているのだろう。それが妙だ。
何故、白蛇が美人だと言い切れるのか。
この文は「だろう」ではなく「である」で終わっている。想像ではなく、事実を述べているのだ。
白蛇と関わることができるのは、黒髪のみ。村人は神社にすら足を運ばない。神聖な領域を人間の分際で侵そうなどと思わないのだ。昔も今も、それは変わらない。ならば、白蛇についてのこの書物は黒髪が書いたのだろうか。結婚後、忽然と姿を消す黒髪が、か。
「どこまでも優しい白蛇?」
白蛇の内面まで書かれている。
これは誰が書いたのか。著者の名前はどこにもない。ただの村人なのか、黒髪なのか、それすらも書かれていない。
白蛇と関わることができるのは黒髪だけだ。よって、この本は黒髪が書いたと優子は確信した。
「どういうこと?黒髪は死なずに、村に住み続けてたってこと?」
姿を消した黒髪が、白蛇について書いた本。それが今、村にある。
仮に、神社を抜け出したとして村にそのまま住み続けることなんてできるだろうか。誰にも悟られず、ひっそりと生き、本を書いて村に置く。置いた時点で気づかれそうなものだが、どうなのだろう。
「あー、頭が痛くなった」
本を床に置き、再び大の字で仰向けになる。
嫁いだ直後、黒髪は死ぬわけではない。神隠しに遭うわけでもない。
村に居たのだ。
そうとしか考えられない。
どうやって村に住み続けたのか。
顔を変える。他人に成りすます。村近くの山に住む。
どれもしっくりこない。顔を変えるなんてできないし、他人に成りすまして村人を欺けるだろうか、山に住んだところで狩りをする男たちに気付かれそうだが。
「でも白蛇について書いてるってことは、やっぱり皆が言う白蛇様は存在するってことね。その白蛇を見た黒髪がこの本を書いて、村に置いた。どういうこと?嫁いだ後も村にいたってこと?離婚して帰って来たってこと?そもそも離婚になるの?」
美人、ということは白蛇は蛇ではなく人の形をしている。
白威みたいなものか。
人に化けることができる。そうに違いない。
もっと読んでみよう、と床に置いた本を開く。
「何よ、これ」
目次がなかったので内容を先に把握することができなかった。ページを捲っていくと分かる。
「何が白蛇様のすべて、よ!惚気話の間違いじゃないの!?」
読めば読む程、この本の馬鹿馬鹿しさが分かる。
日記に近い。白蛇に嫁いだ黒髪の日常が綴られている。
白蛇様にこういうことを言われて嬉しかった。白蛇様に喜んでもらえた。白蛇様は今日も美人。惚気話で盛沢山だった。
言い回しが古臭いので、江鶴の時代に近い時を生きた黒髪ではないかと思う。
そして、字が汚い。字を覚えたてのようにくねくねと曲がっている。
「どうして日常を綴った本がこんなところにあるのよ!」
何が忽然と姿を消す、だ。こんなに堂々と生きている証を残しておきながら、村人全員が脅すようなことを言って、何がしたいのだ。
惚気話を読んでいくと、至って普通の生活を送っているようだった。そこが何処なのかは記載されていない。日々楽しく暮らしていることが伝わるだけで、詳細まで書かれていない。
「はぁ、意味分かんない。結局黒髪は白蛇と楽しく暮らすってこと?この黒髪が特別だっただけなの?白蛇は色んな女と結婚してる色ボケ野郎ってこと?」
黒髪が誕生する度に嫁がせているなら、一体何度結婚したのだ。
黒髪好きな白蛇を想像し、顔を歪ませていると傍で見守っていた白蛇が優子の腕に巻き付き、不機嫌そうに舌を出す。
「何よ」
不機嫌だ。心外だ。不快だ。そんな顔して舌を出す白蛇を見て、「違うの?」と尋ねると何度も頭を上下に動かした。
「じゃあどういうことなのよ」
頭が痛い。
もう今日は考えるのをやめよう。
白威に会いたいが、今日はなんだか眠れない。
面白い本がないかな、と書庫を探してまわったが、どれも白蛇か黒髪か神社の本であり、面白そうなものは何一つなかった。