村長の提案により、優子は花嫁修業をすることになった。
 毎日毎日、掃除や洗濯、料理に作法。目まぐるしく動き、休む暇などなかった。
 村の女が優子に教えるのだが、黒髪相手に律儀に教える義理はない。難題を押し付け、優子が間違えれば棒で叩く。正解していたとしても、細かなところにケチをつけて叩く。
 花嫁修業という名のいじめであった。
 村の中で一番名家とされる家に通い、女中の真似事をし、叩かれ、手は荒れ、傷は増えた。
 休める日はなく、朝早くから朝食の仕込みに行き、家の主人が就寝するまで帰れない。住み込みでないことが唯一の救いであった。
 当然、神社に行く時間は作れない。
 毎日通い詰めていただけに、白蛇が寂しくしていないか心配だ。と、考えて頭を振る。そんな心配はする必要がない。別に、心配でもない。ただ少し気がかりであっただけで、今頃どうしているかなんて気にしていない。
 己に言い聞かせるが、それよりも白威に会えないのが苦痛であった。
 一目でいいから会いたい。
 成長するにつれ、夢の内容を覚えるようになったが、薄っすらとしか覚えていないのだ。はっきりと鮮明に覚えていたなら、こんなにも求めはしないだろう。
 白威に会えなくなり、家で眠る前に期待する。
 今までは本殿のみでしか会えたことがないけれど、もしかしたら今日は、本殿でなくても夢に現れるのかもしれない。そんな淡い期待を抱き、朝になる。
 会いたい。
 会って、できれば、謝りたい。
 面と向かってきちんと謝罪をできる勇気なんてないけれど、謝りたい。そして、暫く会えないことを伝えたい。
 会いに行かないのではなく、会えないのだと。
 白蛇に嫁ぐための花嫁修業をしているのだと。
 でも本当は花嫁修業なんかじゃなくて、ただのいじめなのだと。
 白威に会えないストレスが溜まり、胃がきりきりと痛くなる。
 そんなことはおかまいなしに、頭を叩かれ、背中を叩かれ、腹を蹴られ、手をつねられる。

「ちょっとそこ退きなさい」
「あっ」
「下手くそすぎて笑っちゃうわ。いつになったら上手にできるの?」
「すみません」

 台所で魚をさばいていると、体当たりをされてまな板の前から退かされる。
 何か他にすることがないか見渡すが、他の女たちが役割分担をしているので優子がすることはない。
 ぽつんと立ったままでいると優子に聞こえる声量で、女たちが話始める。

「やーね、手伝うことありますかって普通聞くわよねぇ」
「気が利かない小娘ってどうなのかしらー」
「若いだけが取り柄だから仕方ないわよ」
「うちの嫁の方がよっぽど使えるわ」
「はぁ、不吉な黒髪と同じ空気すら吸いたくないっていうのに、旦那様は黒髪が触った食事を口になさるんだから可哀想よね」
「洗濯、掃除、料理、編み物、何もできないなんてどんな躾をされてきたのかしらー」

 散々に言われ、優子は一番近くにいた女に「何か手伝うことはありますか」と聞くも「自分で考えな」と返され、結局台所で棒立ちになったまま、料理が出来上がるのを待った。
 突っ立ったまま、何もしない優子を邪魔に思った女は沸騰した湯が入った鍋を持ち、「おっとっと」とわざとらしく優子にかける。

「あっつ!」

 驚いた優子は反射で避けようとするも、腕と足に湯がかかった。
 急いで水を探すも、「あんたのために皆ここにいるんだから、ここから逃げ出すんじゃないよ!」と怒鳴られ、火傷に耐えながら立っていた。
 熱い。痛い。
 また湯をかけられるのでは、と女たちを警戒しているといつの間にか調理は終わり、帰るまで罵倒されるだけで済んだ。

 帰宅後はすぐに冷やし、包帯を巻き、布団を被る。
 こんな日がずっと続いている。
 黒髪に溜まっているものをぶつけたら終わり。母と父にまで被害が及ぶことはなくなった。家の前に置かれる動物の死体もなくなり、母が飲む茶に何かを混ぜることもない、畑を荒らされることもない。
 最初からこうすればよかった。
 できなかったのは、優子の中にあるプライドが邪魔をしたからだ。
 負けたくない、泣き寝入りしたくない。
 そんな思いが弊害となった。
 優子に石を投げていた少年が転んでいたので起こしてやったり、ヒステリックな女の飼い犬を手当てしてやったり、鍬を持って追いかけて来た男の娘を慰めたり、善良な行いを心がけた。
 その行いの結果、「触るな!」「黒髪はあっちに行け!」「不吉菌がうつる!」と罵られることになったが後悔はない。善良になるとは、こういうことだ。
 あと三年。あとたったの三年だ。
 じんじんと痛む火傷の跡を撫で、白威に会える期待を抱きながら眠りについた。