つまり、母が苦しみ倒れる姿を見届けた後、二人は立ち去ったのだ。
助けることなく、まるで倒れることを望んでいたかのように。
「お母さんが飲んだお茶の中に、毒が入っている可能性だってあるわ」
「それは確認できないな。飲んでみるわけにもいかないし…」
父は腕を組み、唸った。
毒草は山に生えているが、種類が豊富でどれを摘んだのか分からない。
人間を死に至らしめる毒草も存在するが、母の状態を見るに毒の効き目が薄いものを使用したのだろう。
「毒草を使った可能性もあるが、他の可能性だってある。難しいな」
「毒に決まってる!きっとお茶に混ぜたのよ」
「うーん」
母が今まで倒れたことなんてない。
三つの湯飲みと倒れた母。
村人二人が母のお茶に毒を仕込んだとしか考えられない。
「お母さんが起きたら聞いてみよう」
「私は早く見つけ出したいから探してくる」
「探すって、どうやって?」
「…ちょっとね」
「おい、危ないことはしないでくれよ」
「危なくないよ。出かけてくる。すぐ帰るから」
不機嫌な顔を隠すことなく家を出た優子。
父はため息を吐き、母の傍に座って手を握った。
優子は般若の顔で神社へ向かった。
あいつ等やはり許さない。
鳥居の下を通り、本殿の扉を開ける。
そこには床を這っている白蛇が一匹いた。
般若の顔で迫ってくる優子に怯え、すすすと後退るが、そんなことはお構いなしに尾を掴まれ、宙を泳ぐ。
「今日だけは神社から出るのを許すわ。私の役に立ちなさい」
くわっと目を開いて睨まれた白蛇は、金縛りにあったかのように動かなくなった。
優子は尾を掴んだまま走る。
ぷらぷらと揺れる白蛇は優子の腕に体を絡め、優子が走りやすいように配慮する。
白蛇を家に持って帰り、驚愕している父を無視して母の湯飲みの前に白蛇を置いた。
「ゆ、優子、それは…」
「後にして」
震える指を白蛇に向ける父だが、優子の言葉を聞くなり腕を降ろした。
本物の白蛇だ。
一体どこで拾ってきたのだ。
父はどきどきしながら、遠目で優子と白蛇の様子を窺う。
もしかしたらあれが娘の結婚相手かもしれないからだ。
「これ、お母さんが飲んだお茶よ。中に毒が入っているはずなんだけど、何の毒か分かる?」
遠目で見守る父親は、白蛇相手に何を言っているんだ、と怪しい視線を送る。
あれが例え優子の結婚相手だったとしても、ただの白蛇だ。一体何ができるというのだ。
「分からなかったら、あんたの尻尾を切り落としてやる」
がしっと強く尾を握り、脅すように白蛇を睨みつける。
ふるふると震え初めた白蛇は匂いを嗅ぐように、頭部をお茶に近づける。
ちろちろと舌で味わった後、テーブルを下りて窓から外へ出た。
役に立たなかったら絶対に尾を刻んでやる、と優子は台所にある包丁を見つめた。
暫くすると、白蛇が窓から戻って来た。
しゅるしゅるとテーブルに乗り、役に立ったぜと瞳を輝かせながら口から葉を放し、置いた。
優子はその葉を見てピンとこなかったが、父は思い当たるものがあるらしく、母の元から離れて、葉を手に取った。
「これは…」
「お父さん知ってるの?」
どこにでもありそうな葉だ。
すぐに戻ってきたということは、山までは行っていないのだろう。
村の中にも生えているのか。
「あんた、これどこから取って来たのよ」
そう聞かれるも、喋ることができない白蛇は困ったように父を見上げた。
「本当にこれが入っていたのか?」
「間違いないわ。こいつは優秀なの」
優秀、と褒められて白蛇はくねくねと喜びの舞いを披露した。
気持ち悪い。
「こいつは私に従順なの。蛇だから喋ることはできないけど」
「本当にこれが入っていたのか…」
まるでその葉が何か知っているように、眉間にしわを寄せる。
父の様子からして、毒草だと察した優子はそれが何かを父に問う。
「村にも生えているから知っている」
「これ、どんな葉っぱなの?」
「…子を堕ろしたい母親がよく煎じて飲むんだ。流産を促す薬草だ」
父は苦々しく葉をテーブルに置いた。
流産を促す、と聞いて優子はそういえばと村を歩いた時のことを思い出す。
村人に見つかると面倒なので、なるべく見つからないようこそこそと家まで帰るのだが、その途中で母の噂をしている者たちがいた。
母の腹が大きくなったことに注目しているようで、第二子を宿したのではないかと年配の女たちが話しているのを耳にした。
優子はその噂を笑い飛ばしてしまいそうになった。
母の腹が大きくなったのは子を宿したからではない。ただの食べ過ぎだった。
白蛇に命令すれば食料を運んで来てくれる。最近は腹に溜まる物をたくさん持ってくるよう命令し、家に持って帰っていたのだ。
母は太ると顔や腕、足に肉はつかず腹に表れる。
だから村人は母が妊娠したと勘違いしたのだろう。腹だけ出始めた母を見て、妊娠と出産経験のある女たちはピンときたのだ。
助けることなく、まるで倒れることを望んでいたかのように。
「お母さんが飲んだお茶の中に、毒が入っている可能性だってあるわ」
「それは確認できないな。飲んでみるわけにもいかないし…」
父は腕を組み、唸った。
毒草は山に生えているが、種類が豊富でどれを摘んだのか分からない。
人間を死に至らしめる毒草も存在するが、母の状態を見るに毒の効き目が薄いものを使用したのだろう。
「毒草を使った可能性もあるが、他の可能性だってある。難しいな」
「毒に決まってる!きっとお茶に混ぜたのよ」
「うーん」
母が今まで倒れたことなんてない。
三つの湯飲みと倒れた母。
村人二人が母のお茶に毒を仕込んだとしか考えられない。
「お母さんが起きたら聞いてみよう」
「私は早く見つけ出したいから探してくる」
「探すって、どうやって?」
「…ちょっとね」
「おい、危ないことはしないでくれよ」
「危なくないよ。出かけてくる。すぐ帰るから」
不機嫌な顔を隠すことなく家を出た優子。
父はため息を吐き、母の傍に座って手を握った。
優子は般若の顔で神社へ向かった。
あいつ等やはり許さない。
鳥居の下を通り、本殿の扉を開ける。
そこには床を這っている白蛇が一匹いた。
般若の顔で迫ってくる優子に怯え、すすすと後退るが、そんなことはお構いなしに尾を掴まれ、宙を泳ぐ。
「今日だけは神社から出るのを許すわ。私の役に立ちなさい」
くわっと目を開いて睨まれた白蛇は、金縛りにあったかのように動かなくなった。
優子は尾を掴んだまま走る。
ぷらぷらと揺れる白蛇は優子の腕に体を絡め、優子が走りやすいように配慮する。
白蛇を家に持って帰り、驚愕している父を無視して母の湯飲みの前に白蛇を置いた。
「ゆ、優子、それは…」
「後にして」
震える指を白蛇に向ける父だが、優子の言葉を聞くなり腕を降ろした。
本物の白蛇だ。
一体どこで拾ってきたのだ。
父はどきどきしながら、遠目で優子と白蛇の様子を窺う。
もしかしたらあれが娘の結婚相手かもしれないからだ。
「これ、お母さんが飲んだお茶よ。中に毒が入っているはずなんだけど、何の毒か分かる?」
遠目で見守る父親は、白蛇相手に何を言っているんだ、と怪しい視線を送る。
あれが例え優子の結婚相手だったとしても、ただの白蛇だ。一体何ができるというのだ。
「分からなかったら、あんたの尻尾を切り落としてやる」
がしっと強く尾を握り、脅すように白蛇を睨みつける。
ふるふると震え初めた白蛇は匂いを嗅ぐように、頭部をお茶に近づける。
ちろちろと舌で味わった後、テーブルを下りて窓から外へ出た。
役に立たなかったら絶対に尾を刻んでやる、と優子は台所にある包丁を見つめた。
暫くすると、白蛇が窓から戻って来た。
しゅるしゅるとテーブルに乗り、役に立ったぜと瞳を輝かせながら口から葉を放し、置いた。
優子はその葉を見てピンとこなかったが、父は思い当たるものがあるらしく、母の元から離れて、葉を手に取った。
「これは…」
「お父さん知ってるの?」
どこにでもありそうな葉だ。
すぐに戻ってきたということは、山までは行っていないのだろう。
村の中にも生えているのか。
「あんた、これどこから取って来たのよ」
そう聞かれるも、喋ることができない白蛇は困ったように父を見上げた。
「本当にこれが入っていたのか?」
「間違いないわ。こいつは優秀なの」
優秀、と褒められて白蛇はくねくねと喜びの舞いを披露した。
気持ち悪い。
「こいつは私に従順なの。蛇だから喋ることはできないけど」
「本当にこれが入っていたのか…」
まるでその葉が何か知っているように、眉間にしわを寄せる。
父の様子からして、毒草だと察した優子はそれが何かを父に問う。
「村にも生えているから知っている」
「これ、どんな葉っぱなの?」
「…子を堕ろしたい母親がよく煎じて飲むんだ。流産を促す薬草だ」
父は苦々しく葉をテーブルに置いた。
流産を促す、と聞いて優子はそういえばと村を歩いた時のことを思い出す。
村人に見つかると面倒なので、なるべく見つからないようこそこそと家まで帰るのだが、その途中で母の噂をしている者たちがいた。
母の腹が大きくなったことに注目しているようで、第二子を宿したのではないかと年配の女たちが話しているのを耳にした。
優子はその噂を笑い飛ばしてしまいそうになった。
母の腹が大きくなったのは子を宿したからではない。ただの食べ過ぎだった。
白蛇に命令すれば食料を運んで来てくれる。最近は腹に溜まる物をたくさん持ってくるよう命令し、家に持って帰っていたのだ。
母は太ると顔や腕、足に肉はつかず腹に表れる。
だから村人は母が妊娠したと勘違いしたのだろう。腹だけ出始めた母を見て、妊娠と出産経験のある女たちはピンときたのだ。