場所はひとけのない屋上へ行くための扉の前。屋上へ行くことは禁止されているからドアにはしっかりと施錠がされてあった。
私はまた気づかないうちに時間が過ぎていたようでもうお昼休みだった。
ネットの世界での時間は早い。
ほんの数分が現実では何時間にも及ぶ。
いつも騒がしすぎる教室とは裏腹にここに私達2人しかいなんじゃないかと錯覚させるほど
静まり返っていた。
こんなところがあったんだと
南棟に来て早2年。
はじめて知った。
その静寂を先に切ったのはこの空気感に堪えられなくなった私だった。

「なに、話って」

林の顔色は何も読み取れなかった。
何味でもない色がついているだけのかき氷シロップみたいに
私が怒っていると思えばそんな気がするし、悲しんでいると思えばそんな気がする。
なんも考えてなさそうだなと思えばそれもあっているような顔。

私の問いに林が答えるまでなぜか、長い時間を要した。
静かで、何もないせいで林の動き1つ1つが妙に情報として私の目に入ってくる。

「りくちゃん、ごめんね。昨日」

そんだけもったいぶっておいてようやく開かれた口からはそんなしょうもないことが発せられた。
「別に」
ため息交じりにそう返す。
そんな話ならさっさとコメント欄を確認したかった。
こんな話をしている場合ではない。

「私昨日はちょっと余裕なくて、ひどいこと言っちゃった。家に帰ってからすごく反省したの」
「そう」
「本当はあんなこと言いたかったわけじゃないの」
「そう」
「だから仲直り、したくて」
「なんで」
「これからもりくちゃんと一緒に勉強したいの」
「私はしたくない」

その言葉で林は黙ってしまった。
俯いて、自分の身体の前で祈るようなポーズで握られている両手の力がスッと抜けていくのが見えた。
この女何も気づいていなんだ。
滑稽すぎる。
馬鹿が過ぎる。
自分が今、晒されているとも知らずに私と仲良くなりたいとかいう理由でこんな場所にまで連れ出して。
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいから林に背を向け、階段を下った。
「待って、りくちゃん、」
虚しく階段に響く林の声を無視してスマホを開く。

>林に謝られた あいつ気づいてないよ何にも

いつもすぐに既読が付くのに、そのメッセージには全然既読が付かなくてなんだかもう、嫌になってしまった。
急に心が空っぽになってどうでもよくなってしまった。
私はなんで動画を晒そうとおもったんだっけ。
何をさっきまで焦っていたんだっけ。
全ての原因がもうどうでもよかった。
だから教室に戻って帰り支度をして下校した。

なにか、おもしろいことないかな~

≪からっぽだ 私にはなにもない≫
≪つまらない だれか助けて≫

下校中の公園でブランコにぎしぎしと揺られながらネットそう落した。
このまま家に帰らずネットも開かず学校にも行かずここで寝ていたらどうなるんだろう。
私は誰かに探されるんだろうか。
このまま誰かに連れ去られて誰か私を殺してくれないかな。
別に嫌なことがあったわけでもないはずなのに、もうなんか消えたかった。
ネットの過多な情報に、止まらない情報に、とめどない情報につかれてしまった。
林があほすぎて幻滅してしまった。
破滅ちゃんからも返事が来ない。
どうせあの動画だってあと3日もたてば皆の記憶から消える。
ネットの世界での時間は早い。
流行だって分単位で変わっていく。

時間を確認したくてスマホをみた。
その時だった。
ちょうど今きたコメントの通知を見てブランコから飛び降りた。
すぐにその通知をタップしてコメントの全文を確認する。
鳥肌が立つのを感じた。
口角が少し上がる。
私って単純なのか?
まあそんなのどうでもいい。
そのコメントには

≪この声、女優のきらりってやつに似てね?≫

そう書いてあった。