ついに念願のクリスタルに私の名前が示された。通常であれば、即座に両親に報告。今頃「マンドラゴランドに今度行きませんか?」などと、未来の旦那様に対し勇気を出してお誘いしている頃だ。

 けれど運命は意地悪なもの。誰かを愛することに目覚めた私に対し、「一夫多妻制(いっぷたさいせい)」という思いもよらぬ試練をお与えになったようだ。

 課長が一連の件を陛下に相談した。その結果陛下は、オリヴァー殿下にツガイシステムの解析結果を一応報告するという事になったようだ。

 その話を課長から聞かされた時、第六感を信じると言っていたオリヴァー殿下のことだ。流石にごそっと、我が国の令嬢達をまとめて帝国に連れ帰りはしないだろうと私は楽観視(らっかんし)していた。

(願わくば私だけを連れ帰ってくれたら最高なんだけどな)

 殿下からいただいたゴラちゃんのキーホルダーを(なが)めながら、私は願うような気持ちで過ごしていた。

 しかしそんな私の楽観的な予想と願いは、あっさり裏切られる事となる。

「陛下いわく、オリヴァー殿下は大層喜んでおられたそうだ。そして望む者がいれば帝国政府と相談の上、前向きに妻として迎えたいと仰っていたらしい」

 渋い顔をした課長に私はそう告げられた。

(オリヴァー殿下は一体どういうつもりなんだろう)

 あんなにツガイシステムを信じない。そんな雰囲気だったのに、手のひらを返したような対応に私は動揺した。

「どうやらオリバー殿下の第六感は、行方不明になっちゃったのね」

 落胆する気持ちに襲われるも、私は自分が信じるツガイシステムの結果を受け入れた。

「一夫多妻制だろうと何だろうと、私は選ばれたんだもの」

 しかも旦那様候補は、自分が好ましいと思う人物だ。たとえ一夫多妻制だとしても、もはや断る理由が私には思いつかなかった。

 そしてついに私の元にも王城から「ツガイシステムによる通知書」なるものが届いた。

『おめでとうございます。厳選なるマッチングの結果、あなたのお相手はローゼンシュタール帝国、第三皇子オリヴァー殿となりました事をお知らせ致します。

 なお、今回に限りローゼンシュタール帝国の婚姻(こんいん)法を適用したため、あなた以外の女性に、この通知書をお送りしておりますことをお知らせしておきます。

 この結果に申し立てをしたい場合、一週間以内にエスメルダ王城内国づくり部、エスメルダ王国婚姻解析課までお気軽にお越し下さい』

 待ち望んだその紙を目にした時。私は一人声をあげた。

「お気軽にお越し下さいなんて書いてあるから!!」

 だからこぞって我がこんぶ課に、みんながクレームを言いにくるのだ。

(魔法文筆課め……面倒ごとを全てこんぶ課におしつけやがって)

 私は呪いの呪文をうっかり、口にしかけたのであった。


 ***


 そして私の元に通知書が届いた翌日。私と同じように、王城から通知書が届いたらしい令嬢達で朝からこんぶ課の応接室は満杯になった。

「一体どういうことですの!!」
「一夫多妻制なんてお断りですわ」
「確かにオリヴァー殿下は素敵ですけれど、帝国に嫁ぐつもりはありません」
「この結果に断固抗議しますわ」

 どうやら通知書を送った八割ほどの令嬢が抗議のため、お気軽にこんぶ課を訪れたようだ。

「えぇ、ごもっともですわ」
「キース君、例のものを早く!!」

 私と課長は、鼻息荒く押し寄せる令嬢たちの対応に負われる事となる。

 お怒りの女性達にはひとまずロンネの最高級の紅茶に、王宮訪問者用のクッキーを提供した。もちろん紅茶カップも王城オリジナルのプレミアム感たっぷりなもの。青ざめた様子のキースによって運ばれた「おもてなし上セット」でご機嫌を取り、ひたすら腰を低くし、なんとか彼女たちに落ち着いてもらおうと、課長と私で誠心誠意対応した。

「今回は異例の事態でありますので、辞退されたとしても何ら評判に傷つく事はございません」

 おもてなしセットで多少怒りを鎮めてくれた令嬢たちを前に、課長は断言する。

「むしろ帝国の皇子殿下のお相手に選ばれるほど、結婚相手として優れたものをお持ちだと言う、何よりの証拠にもなりますし、決して社交界から誹謗中傷されるような事態にはならないかと」

 事前の打ち合わせ通り、私もすかさず補足する。

「ありがたいお話ですけど、でも一夫多妻制だなんて」
「えぇ」
「自分の今後も不安ですけれど、そもそも私たちが断る事で、王国に不利になったりしませんわよね?」

 今回の件に関して、令嬢たちの多くはあまり乗り気ではないようだ。
 まぁそれは当然のこと。我が国では一夫多妻、そしてその逆にも馴染みはない。よって拒絶反応を示す気持ちはよく理解できる。
 それに加え彼女たちを浮かない気分にさせているのは、帝国の皇子殿下の求婚を断った場合、王国に迷惑がかかるかもしれないという懸念のようだ。それこそ名誉を傷つけられたとか何とか言って、帝国側が難癖をつけてくる可能性だってあると不安に思っているようだ。

「その点についても、全く問題ございません」

 私はきっぱりと断言し、チラリと課長に視線を送る。

「オリヴァー殿下は、我が国と帝国における婚姻に対する制度の違いを留意されております。よってこの件をお断りしたからといって、両国間の関係が悪化する事はございません」

 課長が告げると、令嬢たちは一様にホッとした表情を浮かべた。

「それと、こちらは非公開でお願いしたいのですが。実はオリヴァー殿下が今回名前が上がってしまったご令嬢にはご迷惑をおかけしたと仰っており、是非こちらをと」

 課長が極めつきとばかり、ツツツと令嬢達に提示したのは一枚のチケット。
 それは王室御用達として名高い有名デザイナーが経営する洋品店で、ドレスを一着ほど無料で仕立ててもらえるというプラチナチケットだ。

 そのチケットを目にし、一気に令嬢たちの表情が明るいものとなる。

「まぁ、別にこのようなものを頂かなくとも」
「殿下に悪いですわ」
「でも折角ですから」
「お断りするのも悪いですし」

 そう言いながら令嬢達はしっかりとチケットをポーチに仕舞い込んでいた。

 個人的には「マンドラゴランド年間パス」の方が嬉しい気がしたが、洋品店の無料ドレスチケットの効果は抜群。

 特に大きな問題となることなく、自ら断りを申し出た、令嬢たちの方は片付いたのであった。


 ***


 現在私は有給を使い、王城内の中庭でオリヴァー殿下を囲む会……のようなものに参加している。

 というのも、あと数日でオリヴァー殿下が帝国に帰国されるとの事で、今回ツガイシステムでマッチングしたのち、辞退しなかった子達を集めた婚姻説明会兼お茶会が開かれているからだ。

(かなり辞退したと思ってたけど)

 現在クリスティナと私を入れて五人ほどが、オリヴァー殿下と仲良く丸テーブルを囲んでいる。

 一夫多妻制というものに馴染みのない私からしたら、ここにいる五人の女性全てがオリヴァー殿下の妻になるだなんて、正直シュールな光景にしか思えない。

(しかもみんな私より若いし)

 ざっと確認したところ、この場に集合しているのは、花嫁学校で後輩だったと認識している子ばかりだ。どうやらここでも悪い意味で、私は頭ひとつ飛び抜けてしまっているらしい。

(でも、通知は私の所にもきたし)

 その()大勢の一人という結果にはガッカリだけれど、私はツガイシステムに選ばれ、ここにいる。

 だから恥じる事はないと、自分で自分を励ました。

「緊張しないでいいよ。何でも質問して」

 みんなの注目を集めるオリヴァー殿下が優しく微笑む。

「一夫多妻制と言っても、様々な形があると思うのですけれど、帝国では平等に扱って頂けるのですか?」

 黄色いドレスを着た女性が誰もが気になる質問を早速オリヴァー殿下にぶつける。

「うーん、出来ればそうしたいところではある。しかし、私も一人の人間だ。よって見た目や性格等で気に入る者、そうでない者と差が出てしまうかも知れない」

 オリヴァー殿下は思いのほか正直に答えた。だからって、「誠実な人だわ」とプラスポイントにならないのが、悲しいところだ。

「後宮のような所はあるのですか?」
「そういったものはない。私は皇子と言っても三番目。そこまで重要な皇子じゃないからね」
「…………」

 返答に困る言葉を返され、私達は一斉(いっせい)に目を泳がせた。

「あちらでの住まいは、どういった形になるのでしょうか?」
「申し訳ないけれど、共同生活になると思う。勿論使用人はいるから、生活に困るような事はないと約束しよう」

 オリヴァー殿下は胸を張り誇らしげに答えた。しかし「共同生活」という言葉を聞いた令嬢達の顔は青ざめている。

(妻同士が毎日顔を合わせるってどんな感じなんだろう……)

 花嫁学校の延長のような感じなのだろうか。
 未知なる世界だ。

「殿下、よろしいですか?」

 数日前一緒にマンドラゴランドに行った記憶の残る帝国側の近衛が、オリヴァー殿下の耳元で何かを告げる。

 オリヴァー殿下は小さく近衛に頷くと、私達に爽やかな笑みをよこす。

「すまない、少し席を外さなければならなくなった。戻ってくるつもりではあるけれど、私の事は気にせず、茶会を続けてくれ」
「殿下、でもご説明がまだ……」

 席を立つオリヴァー殿下に、紫色のドレスを身にまとう女性が遠慮がちに声をかけた。

「すまない。何かと忙しくてね」
「でも、帝国に嫁ぐ前に色々と殿下の事を知りたいと思うのですが」

 緑色のドレスの女性が勇気を出してといった感じで殿下に声をかける。するとオリヴァー殿下は思い切り深い溜め息を吐き出した。

「君たちはツガイシステムによって、私の妻に最適だと選ばれたんだろう?だったらそれを信じればいい。では」

 オリヴァー殿下はそう言い切ると、颯爽(さっそう)と去って行ってしまった。

(まるでわざと嫌われようとしてるみたい)

 今の殿下はマンドラゴランドで感じた、優しさのようなものを一切感じなかった。

 どうやらあれは全て夢だったのかも知れないと思いかけ、そんな馬鹿なと即座に自分の閃きを否定する。

(いったい何を考えているんだろう……)

 私は何とも言えない気持ちになりながら、紅茶を一口飲む。

(あ、これはおもてなし上セットの、ロンネの最高級の紅茶だ)

 少なくともオリヴァー殿下は私達を(ないがし)ろにしたいわけではないようだ。

(もしかして、照れ屋なのかな?)

 恋愛に(うと)い私はすっかりそう思い込み、紅茶の香りを楽しむのであった。