アルミュール砦での戦闘から半月後。
ミルドアース軍内ではついに、レベル90を超える英雄級へと昇格した者が誕生した。英雄級の参戦によって戦争はより激化し、戦況は目まぐるしく変化していく。
変化は、グラムロックの身近な人物達にも起こり始めた。
「老兵はここいらで引退だ。幸運を祈る!」
英雄級誕生の朗報から程なくして、戦場での負傷を理由を斧騎士のマックスが引退。療養のため、故郷であるフォールクヴァング領南部、エトワールへと帰還した。
負傷を理由に引退というのは、あくまでも表向きの理由だ。実際は病の侵攻により、これ以上戦場に立ち続けることは難しいという判断によるものであった。戦友たちに余計な心配をかけたくないという本人の意向により、病については伏せられたまま、マックスは戦場を去っていった。
「嬉しい一方で、グラムロックやノルンと離れ離れとなってしまうのは寂しいですね」
マックスの引退から二か月後。長らくグラムロックと同じ部隊に所属していた白魔導士のウルスラが、ユニークスキルの発現を期に頭角を現し、ついにレベル90に到達、英雄級へと昇格した。軍全体では4人目。女性としては初の快挙である。この頃より彼女の異名も、それまでの「慈愛の聖女」から「救世の聖女」へと変化した。
英雄級の実力者として、ウルスラは大隊クラスの指揮官として別部隊へと配属。グラムロックらの部隊を離れることとなる。お互いに多忙を極め、顔を合わせる機会は激減。そんな状態が、戦争終盤に大部隊が再編制されるまでのあいだ続いた。
それから程なくして、グラムロックは決して忘れることの出来ない悲劇に見舞われる。
「……町が、壊滅した?」
数十体もの氷塊巨人との激戦から生還したグラムロックの下へと突然、悲報がもたらされた。
グラムロックの故郷であるグリトニル領西部の港町が、突発的に発生した氷魔軍の侵攻により壊滅したのだ。住民は全滅。犠牲者の中にはグラムロックの妹と、伯母夫婦も含まれていた。
戦場で剣を振るい続けることにかまけてグラムロックは結局、一度も故郷へ里帰りしていなかった。自分が戦線を離れている間に新たな悲劇が生まれてしまうかもしれない。そう思うと、里帰りの時間が惜しかった。それがまさか、最前線で剣を振るっている間に、戦渦の影響が少なく比較的安全な地域であったはずの故郷に悲劇が訪れるなんて、あまりにも皮肉な話だ。
この時点でグラムロックのレベルは78。複数体の氷塊巨人ですらも一人で相手出来る程の力を得たというのに、肝心な時に大切な家族を守ることが出来なかった。妹はきっと、遠方にいる兄に助けを願っただろうに。
家族には会える時に会っておいた方がいい。
今は亡きカーラの忠告が呼び起こされる。もしも別れが訪れるなら、戦場に生きる自分が死んだ時だとばかり思っていた。それがまさか、平和に暮らしていたはずの妹の方に死が訪れるなんて。最後に顔を合わせたのはもう、随分と前のことになる。どうして会いに行ってやらなかったのだろう? 激しい後悔が止めどなく溢れ出し、グラムロックの感情を激しく揺さぶった。
「俺は無力だ……俺は……」
「グラムロック様……」
悲報を聞いた瞬間に泣き崩れたグラムロックを、ノルンアークはただただ抱きしめ続けた。前に彼が自分にそうしてくれたように、感情が落ち着くまでの間、ひたすらその身に寄り添い続けた。
「……グラムロック様は十分に戦われました。もう、楽になってもよろしいのではありませんか?」
「……ここまで来て、いまさら立ち止まれるかよ」
剣を振るうことを辞めたら、きっとその瞬間に心が折れてしまう。故郷に帰る時間を惜しみ、ひたすら戦ってきた自分に嘘をつくわけにはいかない。守るべきものが失われてしまったからこそ、悲劇を減らしたいという願いだけは、絶対に裏切るわけにはいかない。
「分かりました。私はどこまでもグラムロック様と共に参ります」
「……お前は死ぬなよ」
「グラムロック様こそ。あなたが居なければ、私はきっと生きていけませんから」
「そうか……なら、俺も死ぬわけにはいかないな」
悲劇で傷ついた感情を誤魔化すように、時にお互いの心の傷に手を翳し合いながら、二人は戦場に立ち続けることを選んだ。命の危機に瀕する場面もあったが、運命は常に二人を生かし続けた。時には自力で、時には幸運に助けられながら、二人は死に物狂いで戦場を生き抜いていく。
「平和が訪れたら、グラムロック様はどうなされるおつもりなのですか?」
「具体的なことは何も考えていないが、良くも悪くも戦場に身を置き過ぎた。戦後は静かな田舎でゆっくりと隠居するのもありかもな。そういうノルンアークは、平和になったら何かやってみたいことはないのか?」
「そうですね。ミルドアースでいうところの、平穏な日常というものを送ってみたいです。料理をしたり家事をしたり、お買い物をしたり」
「素敵な目標だと思う。ノルンアークが平穏な日常を送れる新天地を見つけられるように俺も手伝うよ」
「私はどこまでもグラムロック様についていくと誓いました。私の新天地があるとすればそれは、グラムロック様の隠居先です」
「お前にはお前の人生がある。何も戦後にまで俺に付き合う必要は無い」
「私にとってはそれが幸せなのです。ご迷惑でなければ、どうか戦後も私をお側に置いてくださいませ」
「……考えておく」
そして五年前。二年近くに及んだ氷結戦争は、ミルドアース軍の勝利によってついに終結を迎えた。
戦後、グラムロックとノルンアークは、戦友でもある「救世の聖女」ウルスラからの誘いを受け、新興領フェンサリルの立ち上げへと参加することとなる。
氷結戦争を経た今、あらゆる種族が手を取り合い、平和な時代を築き上げていくべきだと確信したウルスラは、あらゆる種族に対して開かれた土地であれという理念の下にフェンサリル領を建領した。その理念は、敵対する世界の出身であるノルンアークとも、友情を築くことが出来た経験も大きく影響していた。
フェンサリル領が正式に発足すると同時に、グラムロックとノルンアークはフェンサリル領の市民権を取得し移住。その際にノルンアークは名前をノルンと改めた。ミルドアースにやってきて最初に出会った、カーラとマルコのつけてくれた愛称を大切にしていきたいというノルンの思いからである。
グラムロックは本名であるグラムロックの名で市民権を取得したが、ノルン同様にカーラとマルコのつけてくれた愛称には思い入れがあり、人前ではグラムの名を名乗るようになった。彼を本名のグラムロックと呼ぶのは、終戦以前の一部の関係者のみ。フェンサリル領内ではウルスラだけである。
以降、五年間。
グラムとノルンは町はずれの家で二人、平穏な日常を送って来た。
ミルドアース軍内ではついに、レベル90を超える英雄級へと昇格した者が誕生した。英雄級の参戦によって戦争はより激化し、戦況は目まぐるしく変化していく。
変化は、グラムロックの身近な人物達にも起こり始めた。
「老兵はここいらで引退だ。幸運を祈る!」
英雄級誕生の朗報から程なくして、戦場での負傷を理由を斧騎士のマックスが引退。療養のため、故郷であるフォールクヴァング領南部、エトワールへと帰還した。
負傷を理由に引退というのは、あくまでも表向きの理由だ。実際は病の侵攻により、これ以上戦場に立ち続けることは難しいという判断によるものであった。戦友たちに余計な心配をかけたくないという本人の意向により、病については伏せられたまま、マックスは戦場を去っていった。
「嬉しい一方で、グラムロックやノルンと離れ離れとなってしまうのは寂しいですね」
マックスの引退から二か月後。長らくグラムロックと同じ部隊に所属していた白魔導士のウルスラが、ユニークスキルの発現を期に頭角を現し、ついにレベル90に到達、英雄級へと昇格した。軍全体では4人目。女性としては初の快挙である。この頃より彼女の異名も、それまでの「慈愛の聖女」から「救世の聖女」へと変化した。
英雄級の実力者として、ウルスラは大隊クラスの指揮官として別部隊へと配属。グラムロックらの部隊を離れることとなる。お互いに多忙を極め、顔を合わせる機会は激減。そんな状態が、戦争終盤に大部隊が再編制されるまでのあいだ続いた。
それから程なくして、グラムロックは決して忘れることの出来ない悲劇に見舞われる。
「……町が、壊滅した?」
数十体もの氷塊巨人との激戦から生還したグラムロックの下へと突然、悲報がもたらされた。
グラムロックの故郷であるグリトニル領西部の港町が、突発的に発生した氷魔軍の侵攻により壊滅したのだ。住民は全滅。犠牲者の中にはグラムロックの妹と、伯母夫婦も含まれていた。
戦場で剣を振るい続けることにかまけてグラムロックは結局、一度も故郷へ里帰りしていなかった。自分が戦線を離れている間に新たな悲劇が生まれてしまうかもしれない。そう思うと、里帰りの時間が惜しかった。それがまさか、最前線で剣を振るっている間に、戦渦の影響が少なく比較的安全な地域であったはずの故郷に悲劇が訪れるなんて、あまりにも皮肉な話だ。
この時点でグラムロックのレベルは78。複数体の氷塊巨人ですらも一人で相手出来る程の力を得たというのに、肝心な時に大切な家族を守ることが出来なかった。妹はきっと、遠方にいる兄に助けを願っただろうに。
家族には会える時に会っておいた方がいい。
今は亡きカーラの忠告が呼び起こされる。もしも別れが訪れるなら、戦場に生きる自分が死んだ時だとばかり思っていた。それがまさか、平和に暮らしていたはずの妹の方に死が訪れるなんて。最後に顔を合わせたのはもう、随分と前のことになる。どうして会いに行ってやらなかったのだろう? 激しい後悔が止めどなく溢れ出し、グラムロックの感情を激しく揺さぶった。
「俺は無力だ……俺は……」
「グラムロック様……」
悲報を聞いた瞬間に泣き崩れたグラムロックを、ノルンアークはただただ抱きしめ続けた。前に彼が自分にそうしてくれたように、感情が落ち着くまでの間、ひたすらその身に寄り添い続けた。
「……グラムロック様は十分に戦われました。もう、楽になってもよろしいのではありませんか?」
「……ここまで来て、いまさら立ち止まれるかよ」
剣を振るうことを辞めたら、きっとその瞬間に心が折れてしまう。故郷に帰る時間を惜しみ、ひたすら戦ってきた自分に嘘をつくわけにはいかない。守るべきものが失われてしまったからこそ、悲劇を減らしたいという願いだけは、絶対に裏切るわけにはいかない。
「分かりました。私はどこまでもグラムロック様と共に参ります」
「……お前は死ぬなよ」
「グラムロック様こそ。あなたが居なければ、私はきっと生きていけませんから」
「そうか……なら、俺も死ぬわけにはいかないな」
悲劇で傷ついた感情を誤魔化すように、時にお互いの心の傷に手を翳し合いながら、二人は戦場に立ち続けることを選んだ。命の危機に瀕する場面もあったが、運命は常に二人を生かし続けた。時には自力で、時には幸運に助けられながら、二人は死に物狂いで戦場を生き抜いていく。
「平和が訪れたら、グラムロック様はどうなされるおつもりなのですか?」
「具体的なことは何も考えていないが、良くも悪くも戦場に身を置き過ぎた。戦後は静かな田舎でゆっくりと隠居するのもありかもな。そういうノルンアークは、平和になったら何かやってみたいことはないのか?」
「そうですね。ミルドアースでいうところの、平穏な日常というものを送ってみたいです。料理をしたり家事をしたり、お買い物をしたり」
「素敵な目標だと思う。ノルンアークが平穏な日常を送れる新天地を見つけられるように俺も手伝うよ」
「私はどこまでもグラムロック様についていくと誓いました。私の新天地があるとすればそれは、グラムロック様の隠居先です」
「お前にはお前の人生がある。何も戦後にまで俺に付き合う必要は無い」
「私にとってはそれが幸せなのです。ご迷惑でなければ、どうか戦後も私をお側に置いてくださいませ」
「……考えておく」
そして五年前。二年近くに及んだ氷結戦争は、ミルドアース軍の勝利によってついに終結を迎えた。
戦後、グラムロックとノルンアークは、戦友でもある「救世の聖女」ウルスラからの誘いを受け、新興領フェンサリルの立ち上げへと参加することとなる。
氷結戦争を経た今、あらゆる種族が手を取り合い、平和な時代を築き上げていくべきだと確信したウルスラは、あらゆる種族に対して開かれた土地であれという理念の下にフェンサリル領を建領した。その理念は、敵対する世界の出身であるノルンアークとも、友情を築くことが出来た経験も大きく影響していた。
フェンサリル領が正式に発足すると同時に、グラムロックとノルンアークはフェンサリル領の市民権を取得し移住。その際にノルンアークは名前をノルンと改めた。ミルドアースにやってきて最初に出会った、カーラとマルコのつけてくれた愛称を大切にしていきたいというノルンの思いからである。
グラムロックは本名であるグラムロックの名で市民権を取得したが、ノルン同様にカーラとマルコのつけてくれた愛称には思い入れがあり、人前ではグラムの名を名乗るようになった。彼を本名のグラムロックと呼ぶのは、終戦以前の一部の関係者のみ。フェンサリル領内ではウルスラだけである。
以降、五年間。
グラムとノルンは町はずれの家で二人、平穏な日常を送って来た。