「早い到着だったな」
「幸運にもこちらの任務は早期解決しましたので、その足で合流させて頂きました」
「俺らがいなくて寂しかっただろう」

 避難場所として開放されている、トリルハイム領南西部のアルミュール砦にて、グラムロックは応援として駆けつけた戦友達と顔を合わせていた。
 紺色のローブを纏い、プラチナブロンドのロングヘアーなびをかせた長身の美女は、グラムロックと同じ時期からミルドアース軍に所属し、同じ部隊で苦楽を共にしてきた白魔導士のウルスラだ。現在のレベルは70で、今この場にいる者の中で最もレベルが高く、「慈愛の聖女」と呼ばれ慕われている。
 現在も一応は同じ部隊に所属しているのだが、戦渦の中でお互いにレベルが向上し、勇者級として個々に任務が宛がわれる機会も増えている。そのため今回も序盤は別行動を強いられていた。
 
 ウルスラの後ろに控える、グラムと同等の身長を持つ大柄な斧騎士はマックス。銀色の鎧と刈りあげた黒髪が印象的な壮年の男性だ。西部のフォールクヴァング領出身の騎士で現在のレベルは46。レベルではグラムらに劣るものの、豊富な戦闘経験でレベル以上の働きを見せる技巧派だ。ミルドアース軍に所属して間もない頃に、攻撃一辺倒だったグラムロックに、状況観察の大切を説いた人物でもある。プライベートでは豪快かつ話し上手な性格で場を盛り上げてくれて、同僚としてはもちろん、歳の離れた友人としても大切な存在だ。

 そして、もう一人。

「アラングレンも一緒だったか」
「たまたまウルスラさんの任務に同行していてね。便乗してこちらへも参上させてもらったよ」

 腰に曲剣ハルペーを二本携帯した、セミロングの茶髪が特徴的な、優しい顔立ちの青年の名はアラングレン。グラムロックとは別部隊の所属だが、近接戦闘のエキスパートとして、共に同じ戦場に立つ機会も多い顔馴染みだ。
 現在のレベルは57の勇者級。普段こそ物腰柔らかく温和な印象だが、一度戦場に立てば一変し、鬼気迫る表情で、数えきれぬ敵兵の屍の山を築き上げていく。敵兵の返り血を浴びながら二本のハルペーを振るい続けるその戦闘スタイルから、「血染めの剣士」の異名を取る。

 ウルスラとマックスの到着は素直に心強いが、アラングレンの到着だけは、グラムロックは喜ぶことが出来ないでいた。その理由というのが、

「ところで、グラムロック。どうして氷魔軍の魔導士がここにいるのかな? 氷魔軍の兵士は見つけ次第殺すのが定石だと思うけど?」

 温和な態度が一変、アラングレンの表情が悪辣に歪み、毒蛇を思わせる眼光で、グラムロックの背後に控えるノルンアークを睨み付けた。高レベルの魔導士としてノルンアークはこの程度の暴言ではビクともしない。グラムロックに迷惑を懸けたくないという思いから、自身の口からは一切反論を口にせず、閉口して成り行きを見守っている。

「彼女は氷魔軍を離反した亡命希望者だ。暴言は控えろ」

 合流予定のウルスラ達には、亡命希望者を保護した旨は事前に連絡済みだ。当然、アラングレンもそのことは承知しているはず。その上で暴言を吐いているのだ。

 アラングレンは戦友を戦渦の中で亡くして以来、氷魔軍に対しては敵対意識を越え、激しい憎悪にも似た感情を抱いている。戦意を喪失し、敗走したものへの追撃や、投降を願い出た兵を切り伏せることもいとわない等、行き過ぎた行為故に懲罰を受けた機会も少なくない。グラムロックがアラングレンの到着を喜べなかったのも、こういった姿勢の持ち主だからだ。

 ウルスラやマックスもアラングレンの姿勢には批判的だ、事実、アラングレンの発言にも不快感から顔をしかめている。亡命希望者のいる現場にアラングレンが現れれば、余計な衝突が起きることは必然。ウルスラとて彼を連れてくるのは不本意だったのだろうが、激戦が予想される戦場故に、上層部の判断でアラングレンの同行を強制されてしまったのだろう。

「亡命希望だなんて信じられるものか。きっとスパイとしてミルドアース軍の内情を探る算段さ。今からでも遅くない。何か不利益をもたらす前に始末してしまおう」
「アラングレン、それは」
「まて、嬢ちゃん」

 見かねたウルスラが意見しようとするも、マックスが彼女の肩に触れて発言を制した。グラムロックに任せておけという、年長者としてのアドバイスだ。アラングレンのようなタイプは横槍を何よりも嫌うはず。それよりも、当事者たるグラムロックが正面からぶつかった方が効果的だ。グラムロックは芯の強い男だ。守ると決めた存在は何が何でも守り通す。

「マニュアルに則り、亡命希望者のノルンアークは、その意志表示を確認した俺の保護下に入った。俺の権限の元、彼女への暴言や蛮行は許さない」

 感情ではなくマニュアルを引き合いに出して釘を刺す。少なくとも、軍属としてはグラムロック側に正当性がある。そのことは主張しておかなければならない。

「相変わらずお優しいことで。氷魔軍なんてどいつも同じ。亡命希望と散々油断させた上で、その女はきっと裏切るに決まっている。僕は君のために言っているんだよ?」
「暴言は許さないと言ったばかりだろうが」

 グラムロックの威圧感ある睨みを受け、アラングレンは下唇を噛みしめた。口頭での説得は無理だと悟ったのであろう。

「責任は全て俺にある。それでもなお不満があると言うのなら、力づくで俺を黙らせるんだな。もっとも、お前にそれが出来ならの話だが」
「気に入らないな」

 舌打ち交じりに身を翻し、アラングレンは荒々しい足取りでグラムロックから距離を置いた。二人のレベルはほぼ互角だが、アラングレンが魔導耐性にもステータスを振っている中、グラムロックは清々しいまでの物理特化型。お互いが最も得意とする近接戦闘では、アラングレンが分が悪いと言わざるをえない。グラムロックを怒らせたら只では済まないということは、アラングレンとて理解していた。

「うちの同僚が済まなかったな」
「いえ。誰かしらから非難の声を浴びることは覚悟していましたから」
「昔はあそこまで極端な奴じゃなかったんだけど」
「といいますと?」
「昔はむしろ、ミルドアースとニブルアースとの間に共存の道はないのかと模索する理想家の一面もあったんだが、戦場で親友を喪ってから、あいつは思想を大きく変えてしまった。あいつもまた、戦争の犠牲者の一人さ」
「……悲しいお話しですね」
「だからといって、ノルンアークに対する暴言は許されるものではない。状況が落ち着くまでは俺の側を離れるなよ。あいつだって、俺にあそこまで言われた以上、妙な動きはしないだろうが。絶対とも言い切れないだろうからな」
「分かりました。グラムロック様のお側にいます」

 グラムロックの手を力強く握り、ノルンアークは信頼を表すように肩を寄せた。
 そんな二人のやり取りを静観していたウルスラが、自分達のことを忘れていないかと、わざとらしく咳払いをする。

「グラムロック。そろそろ私達もお話しに混ぜてくれませんか?」
「悪い悪い、すっかり忘れてた」
「まったく」

 あざとく頬を膨らませるウルスラの仕草を前にグラムが苦笑。張りつめていた空気が一転、和やかなムードへと変わっていく。

「私は白魔導士のウルスラと申します。亡命という選択に至るまでは、様々な苦難もあったことでしょう。私はあなたの決断を尊重致します」
「俺は斧騎士のマックス。見ての通り単なるおっさんだが、人生経験だけは無駄に豊富だ。困った時の相談ならいつでも乗るぜ」
「ノルンアークと申します。ウルスラ様、マックス様、どうかよろしくお願いいたします」

 温かな印象の二人を見て、ノルンアークの緊張感が自然とほぐれていく。

 ノルンアークにとってウルスラとの出会いもまた、人生の大きな転機の一つとなったことは言うまでもない。
 後に彼女は、ウルスラが興したフェンサリル領へと移り住むこととなる。ノルンアークにとってウルスラは、グラムロックの次に付き合いの長い存在。立場や種族を越えた、良き友人としての関係を育んでいくこととなる。