レンカに連れられて到着したシデン村は、泡沫の森に面した、林業や湖での漁が盛んな人口300名程の小村だ。

 レンカと共に突然村に現れた外部の人間の存在に、村人たちは興味津々といった様子で、声こそかけてこなかったが、誰もが作業の手を止めてグラムへと注目していた。大戦時に各地を飛び回っていた関係上、現地の住民の好奇の目に晒されることには慣れている。
 
「レンカよ、その御仁《ごじん》は?」

 村の中心部の広場で、村長らしき白髪の男性がレンカを迎えた。背が丸まって小柄な印象だが、余所者の存在を訝しむ眼光は非常に鋭い。歴戦の猛者のものとはまた異なる。重ねた年月で培った迫力といった方が適切だろうか。

「泡沫の森で迷っていた旅のお方です。お困りでしたので連れてまいりました」

 諸々の事情を説明するのはお互いに手間だし、不都合な部分も多い。簡潔かつ無難な説明だろう。

「突然のご訪問をどうかお許しください。道に迷い、途方に暮れていたところをレンカさんに助けて頂きました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうか一晩だけ宿をお借り出来ないでしょうか? 朝一で村を発ちますのでどうか」

 突然ワープしてしまった都合上、金銭や金目の物は携帯していない。肉体労働という形で対価を払うことも可能だが、村長の目つきを見るに、歓迎ムードとは言い難い。追い払われてしまう可能性も十分考えられるが、

「はてさて、どうしたものか……」

 村長が目を細めて考え込む。相談役だろうか? 年長らしき老婆二名も加わって、何やら小声で話し合っている。

「旅のお方よ、歓迎いたしますぞ」

 先程の排他的な眼光はどこへやら。村長は好々爺(こうこうや)めいた笑みを浮かべて手を擦り合わせている。あまりにも態度が変わり過ぎていることに加え、金銭や労働等、宿泊の対価を求めてくるようなこともしない。正直なところ胡散臭い。

 さり気なく周囲に意識を向けると、力自慢らしき屈強な男達が、グラムの方を見ながら何やら示し合わせている。村長の露骨な態度の変化といい、不穏な空気しか感じられない。

 隣のレンカはというと、取り返しのつかないことになってしまったと言わんばかりに、表情が青ざめてしまっている。

「朝一で発つなどと言わず、もっとゆっくりしていきなされ。明日には20年に一度の祭事も控えておる。是非見物していってください」
「村長様、それは」
「レンカよ、何か意見でも?」

 村長が最初にグラムへ向けたような鋭い眼光をレンカへと向ける。それを受けたレンカは悔しそうに下唇を噛みながら、身を竦ませてしまった。グラムが目配せすると、レンカは申し訳なさそうに俯いた後、視線をグラムから逸らしてしまう。

 レンカが救いを求める理由はやはり、このシデン村と何か関係がありそうだ。レンカが村長や村人たちに委縮しているのは間違いないが、それ自体が彼女に迫る危機なのかどうかは現段階では判断がつかない。
 表向きは歓迎ムードに変わったようだし、今は流れに身を任せて動向を探るまでのこと。後手に回るのは本来悪手だろうが、高レベルのグラムならば後手からでも十分に状況に対処出来る。
 
「祭事の前夜ということもあって、今宵は宴となっております。ご客人もさぞお疲れでしょう。たらふく召し上がって、英気を養ってください」
「ご厚意に感謝いたします。丁度お腹を空かせていたものでして」

 含みのある村長の笑みに対しグラムは、一切警戒心を抱いていない純朴な旅人のような、満面の笑みで応えた。