「こ、こんにちは」
頭を下げると、青年は本を脇に置いて、椅子に立てかけてあった八重の傘を手に取った。
「昨日、これを嫁してもらったおかげで、風邪をひかずに済んだよ。ありがとう。君はやさしい子だな」
「い、いえ! 困ったときはお互い様です!」
当たり前のことを褒められて、少し照れる。饅頭屋の主人のように、得意先と店、などという理由なしに人から褒められるなど、もうずっとないことだったので、青年の言葉が胸に染みた。
「これは傘の礼だよ。おうちの方と一緒に食べるといい」
そう言って青年が風呂敷から取り出したのは、銀座に店を構える和菓子屋の包みだった。流石にぼろ傘の礼としては不釣り合いで、八重は驚いてしまう。
「こ、こんな高価なもの、頂けません……。そもそも、その傘で雨漏りがしないか気にしていたくらいですのに……」
おろおろする八重に対し、青年は明朗に笑った。
「ははは。では饅頭ではなく傘を買って来ればよかったかな。次はそうしよう。取り敢えず僕はまんじゅうを食べないから、これは君に受け取ってもらわないと困ってしまう」
う、う……。差し出された包みの逃げ場がない。最後にずいっと差し出されて、八重は包みを受け取らざるを得なくなった。
(こんな立派なお店の包み、家に持って帰ったら、なにを言われるだろう……)
不安な気持ちが顔に出てしまったようだった。青年に、迷惑だっただろうか、と残念そうに問われてしまい、決して自分に向けられた厚意が嫌だというわけではない真実(こと)を伝えなければならなかった。
「あのっ、……あの、ご厚意とても嬉しいです……。ですが、私のような身分の人間には高級すぎて……」
「君は僕の身分を見越して傘を貸してくれたわけではないだろう? だったら僕も、その恩情に温情で応えたい。これは人の自然な気持ちだと思うが、君はどう思う?」
確かに青年の言うことは正論ではあるが、しかし八重にも事情がある。
「でも、私は下働きの娘です。この包みを持って帰ったとして、旦那さまや奥さまにどう説明したらいいのか、良い案が思い浮かびません……」
そう聞くと青年は、そうだったのか、と言って桜の木の下にある椅子に座ると、持っていた饅頭の箱の包みを開きだした。ぱりぱりと包装紙を開くと、白い箱の中に和紙に包まれた上品な大きさの饅頭が六つ、整列していた。
「そら。これを袂に入れて、持って帰りなさい。仰々しい箱などなくても、この小さな饅頭六つなら持って帰れるだろう?」
そう言うと青年は八重の手を持って、その上に饅頭を六つ、載せてくれる。大きな手が八重の手に触れて、かああ、と顔に熱が集まるのが分かった。
「さあ、袂に仕舞いなさい。仕事の合間にわざわざ来てくれて、ありがとう。帰国早々、良い人に出会えて、僕は嬉しかったよ」
「あ、はい……」
そう言って青年が促すから、仕方なく八重は饅頭を袂に仕舞った。その時、昨日木で叩かれたあざが袖口から出てしまった。
「君、その傷跡は何だい?」