「橋本さまは流行り病にかかって亡くなられたそうです。その為、幼い八重さんは親戚である斎藤殿の許に身を寄せたのです。しかし斎藤殿は、八重さんが継いだ橋本さまの遺産を享楽で食いつぶし、挙句、八重さんに華族としての教育を受けさせずに使用人として扱った。それだけでなく、八重さんは斎藤殿たちからの暴力を受けていた。八重さんの体にあるあざは、その為のものです」

そう言うと、浅黄はごめんね、と言って、八重の袖をまくった。そこには先程木の棒で殴られたときに出来たあざが浮かび上がっていた。浅黄の家族は、そのあざに息をのんだ。

「なんと……。非道なことを……」

「斎藤殿、浅黄の話は本当ですか」

口々に問われ、あやめたちは黙ってしまう。浅黄が続ける。

「八重さんが受けた仕打ちについては、興信所に調べてもらって、報告書としてもらっています。これが全てです」

そう言って浅黄は両家が向かい合っている真ん中に、ばさっと紙の束を置いた。

「子爵家のご令嬢を、このように扱う人たちと、僕は縁を結ぶつもりはありません。八重さんには伯父である市川子爵の養女になってもらい、いずれ彼女と結婚するつもりです。伯父の了承は得ています。伯父も八重さんの境遇に同情していました」

浅黄が言っていた灰かぶり姫の靴とは、このことだったのだ。浅黄を見上げると、浅黄も八重を見て微笑んだ。報告書を読んでいた浅黄の祖父と父親が、厳しい声であやめたちに向き合った。

「斎藤殿。八重殿を橋本子爵家のお嬢さんと知ってこの扱いをしたこと、男爵家の立場にありながら、そのお役目をはたしていないと言わざるを得ない。故に、斎藤家との婚姻の話は破棄させてもらう。浅黄には八重さんを娶ってもらい、宮森を盛り立てて欲しい」

「そ、そんな……!」

「おじいさま、仰る通りに」

「であれば、この家に長居は無用だ。八重さん、まずはうちに来なさい。市川の家には明日にでも連れて行ってあげよう」

浅黄の父親が八重に手を差し伸べてくれる。八重はその手を取ると、あやめたちを振り向き、深く頭を下げた。

鬼の形相で八重の背中を見送ったあやめたちとは、これで決別した。浅黄と八重は紫陽花の咲くころに幸せな祝言を上げた。






<完>