二週間後、斎藤家には銀座に店を構える二越というデパートからの荷物が届いた。桐箱には宮森侯爵家の家紋が入っており、あて名がなんと八重だという。応対に玄関へ出た八重はびっくりしてしまって、受け取った桐箱を抱えたままおろおろしていた。すると奥から叔母が出てきて、なんですか、その荷物は、と問い質した。

「あの……、二越からの荷物です。宮森侯爵さまから私宛だと……」

桐箱に目を留めた叔母は、八重の言葉全てを聞かずに叫び声を上げた。

「んまあ! 宮森さまですって!? 見合いの返事が来ないと思ったら、こんな粋なことをなさるなんて!あやめ、あやめ! 宮森さまから贈り物よ!」

呼ばれたあやめは廊下の奥の部屋から出てきて、八重が抱える桐箱を見て目を瞠った。

「まあ、本当に。八重、私の部屋に運びなさい」

あやめがそう言い、叔母もあやめに続いてあやめの部屋に入っていく。二人は当然八重が桐箱を持ってついてくるものだと思っていた。でも、桐箱に貼られた和紙に『斎藤家 八重様』と確かに八重に向けた宛名が書いてあるのだ。

「奥さま、あやめさん。ここに宛て名が書いてあります。これは私宛ではないのですか……?」

どうしてもその場を動けない八重にしびれを切らした叔母が部屋から戻ってきて、八重が抱えていた桐箱を奪ってしまう。

「お前のことなど知らない宮森さまが贈り物をするわけないでしょう! あやめのことは見合い写真を送ってありますから、ご存じのはずです! あやめのものを盗もうとするなんて、お前は大した泥棒猫ですね!」

叔母はそう言って桐箱の門であやめの腰を殴打し、それを持ってあやめの部屋へ行ってしまった。本来だったらここで引き下がるべきだ。でも浅黄はあの別れ際に斎藤家に話を通すと言っていたし、桐箱の宛て名は確かに八重だった。だからあの桐箱の贈り主が浅黄のような気がしてならなかった。八重は二人を追いかけてあやめの部屋に行き、空いている襖の間から中の様子を覗き見た。部屋の中ではあやめが桐箱から出したと思しき着物を自分に当てており、着物は桜の柄が美しい空色の着物だった。八重は浅黄の言葉を思い出した。

――――『君は春の青空に誇る桜のように笑う人だね』

もしかして、その気持ちを込めて選んでくれた着物なのではないか。そう思った。しかしあやめたちに浅黄と会っていたことを告げると、斎藤家の品位を下げたと罵られるような気がして怖かった。口で何を言われても我慢できるが、厳しい折檻が怖い。叔母から常時受ける折檻だけでも体に出来たあざが消えないのに、あやめも加わったらどんなにひどいことをされるだろうと、八重はもう口を挟めなかった。

(お話出来ただけでも、奇跡的な方だったのよ……。私はもう、子供の頃の私じゃないんだし……)

両親が居れば、また違っただろうか。それとも浅黄が読後感想として述べたように、結局八重と浅黄は縁がない運命なんだろうか。家紋入りで着物を贈ってくれた真意は何処にあったのだろうか。通すつもりだった話とは、いったい何のことだったのだろうか。華族である浅黄が、……下働きでしかない八重に対して。まさかとは思うが。

(……いいえ、そんなことありえないわ……。浅黄さまは、おうちの役に立つためのお相手を選ばれるはず)

それが華族の結婚というものだ。あやめだってそうである筈。だから結局、八重はひと時の思い出を胸に、浅黄のことを過去のこととしなければならない。……ジクジクと、熟れた柘榴(ざくろ)から実が飛び出すように胸が痛む。幼い頃の淡い黄緑色の思い出が、そんな色になってしまったことがとても残念だった。