「いいんですか? またここに来て、いいですか?」
「はい、どうぞ。いつでも」

 私に向けて、新月さんははっきりと頷く。
 そして、床に置いてあったバッグを持ち、私の手にしっかり握らせてくれた。

「長くお引止めしてしまいすみません。そろそろ本当にお店を閉めますので」
「……はい」

 私も頷き、ドアを開ける。てぃりん、に近い響きで、ベルが軽やかに鳴る。
 店の外へ一歩踏み出す瞬間、

「行ってらっしゃい」

 新月さんの、真っすぐに優しい声が聴こえた。
 驚いて振り向く。悪戯っぽくウィンクして見せる新月さんの顔が見える。

 またのお越しをお待ちしております、ではなく、行ってらっしゃい、と。

 私は閉まりかけたドアの向こう側に向かって叫ぶ。

「行ってきます!」

 ほぼ同時に、ドアがガチャンと閉まった。
 新月さんに届いたかは分からない。でも私は、振り返って家への道を歩き出す。
 行ってきます、に続く「ただいま」を、またいつか言いに来ようと、帰ってこようと決めて。信じて。