「嫌いだったわけじゃないんです。紅茶を飲むのも淹れるのも大好きで、でもどうしようもなく怖くて、怖くてたまらなかった」

 ティーカップの底にかすかに残っている紅茶に映った自分の顔と向き合い、新月さんは独り言のように静かな細い声で言う。

「家庭環境というか、いろいろ事情があって、紅茶とはかけ離れた場所で育っていたので、紅茶を淹れるのが好きって言ったら、絶対馬鹿にされると思った。いじめられる、差別される、避けられると思った。紅茶を淹れ続けながら、いつかバレたらどうしようって、必死で。まあ結果的にバレて、周りから散々ひどいことを言われて、たくさん傷ついたんですけど」

 新月さんは目を閉じると、すぅ、と息を吸って、「でも」と続けた。

「家族が言ってくれたんです。『美味しい』って。私の紅茶を、『美味しい』って……きっと一生あの時のことは忘れないと思います。この先一生分の嬉しさがその時いっぺんに来たんじゃないかって後から思ったくらい、本当に嬉しくてたまらなくて。だから今、ここで、このお店で紅茶を淹れることができて、お客様に美味しいっていうたった一言の評価をもらえる、それが本当に嬉しいんです」

 あの時から、私は和らいだ気がします。

 そう言って新月さんは、私を見た。
 どうしようもないくらい輝いた顔だった。